2010年5月13日木曜日

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

 

 

 20世紀初頭、アメリカ。ルイジアナ州のニューオーリンズに住む時計職人のMr.ガトーは生まれつき盲目だったが、Mr."ケーキ"の愛称で町の人から慕われていた。

 Mr.ガトーはフランスのパリからルイジアナ州に移り住んでいた女性と結婚し、一人の息子を授かった。息子は日々育ち、仕事は順調、家庭は幸せなときを過ごしていた。

 目の見えないMr.ガトーにとって一人息子は、血筋を継ぐ唯一の存在であり、自分の身を分けた分身そのものだった。
 大きくなった息子は、学校であったこと、川で泳いだときのこと、美術館に行ったときのこと、日常で起こったことを目の見えない父親に分かるよう細かく話した。初めはうまくいかなかったが、息子は話し方に工夫を加えた。日を追うにつれ、父親は息子の話を聞くだけで頭の中にくっきりと思い浮かべることができるようになった。

 父親は息子の話を聞いて思った。もし、目が見えていたのなら、少年時代の自分はこういう風に見て感じたことだろう。
 息子の喜びは父親の喜びとなり、家族の喜びとなった。そして、息子が悲しむときは父親も同じように悲しみ、それは家族の悲しみとなった。

 そんな折、Mr.ガトーは時計職人としての腕を買われ、新しくできるニューオーリンズ駅の記念時計の制作を依頼された。それを聞いて息子は喜んだ。誇るべき仕事だった。Mr.ガトーは引き受けた。


 その当時、アメリカは第一次世界大戦の真っ只中にいた。そして、Mr.ガトーの息子は軍隊に徴集され、ガトー夫妻は息子の無事と戦争の終結を神に祈り、見送った。それから4ヶ月間、Mr.ガトーは記念時計の制作に打ち込んだ。


 ある日、一通の手紙がガトー夫妻のもとに届いた。息子の戦死を報せる手紙だった。
息子の亡骸はガトー家の墓に丁重に埋葬された。

 Mr.ガトーは元々口数の少ない人だったが、息子の死をきっかけにほとんど言葉を発しなくなった。彼はより一層記念時計の制作に打ち込んでいった。朝早くから仕事部屋にこもり、それは夜遅くまで続いた。

  そして、1918年、ニューオーリンズ駅の開通の日はやってきた。Mr.ガトーは完成した記念時計の開幕式に参加した。その場にはセオドア・"テディ"・ ルーズベルト大統領もいた。

 幕は下ろされ、巨大で美しい記念時計はその場にいた多くの人の目に触れた。会場は人々の拍手でわき、そして、時計の針は動き始めた。

 だが、その巨大で美しい時計の針は逆に回っていた。
会場が静まり返ったそのとき、Mr.ガトーはこう言った。


"I made it that way so that perhaps the boys that we lost in the war might stand and come home again."
(こうすれば時は戻り、私たちが戦争で亡くした息子たちが帰って来るかもしれない。)

"Home to farm work have children. To live long, full lives."
(家に戻り、よき働き手となり、子供をもうける。そして、長く、精一杯生きる。)

"Perhaps my own son might come home again."
(ひょっとしたら私自身の息子も家に帰って来るかもしれない。)

"I'm sorry if I've offended anybody. I hope you enjoy my clock."
(不快にさせたのなら申し訳なく思います。だが、私にとってはそういう時計であって欲しい。)

 その言葉を最後にMr.ガトーは姿を見せなくなった。







  デイジー・フラーは見舞いに来ていた娘のキャロラインにMr.ガトーのエピソードを話した。
病院のフロアにあるテレビがニューオーリンズに大型のハリケーンが近づいていると報じていた。

 2005年、8月。アメリカ南部、ルイジアナ州ニューオーリンズの病院で、デイジー・フラーは老衰のため今わの際にいた。81歳だった。キャロラインは母親に最後の別れをするために来ていた。

 デイジー・フラーはカバンの中にある日記を読み聞かせてほしいと、娘のキャロラインに頼んだ。
その日記帳には多くの切り抜きや写真が挟まれていた。その中にとても古い一枚の結婚記念の写真があった。写っているのは見知らぬ男女だったが、とても幸せそうだった。


 だが、その男女こそがベンジャミン・バトンの父トーマス・バトンと母キャロライン・バトンの若き姿だった。何も知らないキャロラインが読み始めたその日記は、ベンジャミン・バトンが書き記したものだった。




  1918年、11月11日。第一次世界大戦の終結を知り、喜びに沸いた夜のニューオーリンズの一軒の家でベンジャミン・バトンは誕生した。夫トーマス・バトンがかけつけたそのとき、出産で命を落としかけていた妻は"Promise me he has a place."(あの子を守るって約束して)と言い、夫の返事を確かめて静かに目を閉じた。

 
 嬰児は、産まれたばかりだというのにまるで80歳の老衰した男のように醜悪な容姿をしていた。
妻の死に動揺していたトーマス・バトンには我が子は悪魔の子であるかのように見えた。錯乱した彼は嬰児を抱え、まさに悪魔にとり憑かれたように暗い街中を走った。

 泣き続ける我が子を抱えたままトーマス・バトンは走り続け、一軒の老人養護施設のポーチに我が子を置き、そして去った。



 老人養護施設を運営していた黒人女性クイニーは、80歳の容姿をしたベンジャミン・バトンを拾い上げ、身篭らない自分に神が授けてくれたのだと彼を育てる決意をする。そして他人には妹の子を預かることになったのだと偽った。老人の容姿をした嬰児だったが、周りは老いて死を迎える老人ばかりだったためベンジャミン・バトンは周囲に溶け込んだ。




 幼いときから老人に混ざり、ずっと車椅子で生活していたベンジャミン・バトンだったが、7歳のころになると、杖をついて歩けるようになっていた。不思議なことに、日が経つにつれ彼のその背筋は伸び、足取りは確かなものとなっていた。
 そしてベンジャミン・バトンは思った。他の人は日々年をとっていくが、自分は日々若返っているのではないかと。

 ニューオーリンズ駅にかけられたMr.ガトーの時計の針は逆に回り続けていた。



  そんなある日、1930年の11月27日木曜日、感謝祭の日。ベンジャミン・バトンはデイジー・フラーと運命の出会いを果たす。
 ベンジャミン・バトンの見た目は68歳だったが実年齢は12歳。デイジー・フラーは6歳で青い瞳が印象的な少女だった。彼女は施設で暮らす祖母のところに遊びに来ていた。

 ベンジャミン・バトンが暮らすその施設には実に多くの人が訪れた。そして、訪れた人の多さと同じように、実に多くの人が去っていった。彼は多くの人が去来するその施設であらゆる人は孤独だということを学んだ。人は誰もが孤独を恐れることを、誰もが愛する人を失うことを、そしてピアノを弾くことを学んだ。

 週末になるたび、デイジー・フラーは祖母のいる施設に遊びに来るようになった。だが、彼女の父と母が来ることはなかった。彼女の父親は大戦で戦死し、母親は再婚しようとしていた。幼いデイジーはベンジャミンと孤独を共有し、秘密を分け合った。

 強い孤独を抱え、秘密を分け合った二人が得たものは深い結びつきだった。周りの誰もが理解できなくとも二人はお互いにそのことを理解していた。


  その深い結びつきがあったからこそ、二人は何度も出会うことができた。そして別れた。
あるときは彼が老いすぎていた。またあるときは彼女が若すぎた。そしてまたあるときはその両方だった。それでもベンジャミン・バトンとデイジー・フラーは出会い、別れ、再会し、また別れた。






















映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』 (『The Curious Case of Benjamin Button』)
(2008)

監督,デヴィッド・フィンチャー(David Fincher 1962.08.28- )

原作,F・スコット・フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald 1896.09.24-1940.12.21)

原案,脚本,エリック・ロス(Eric Roth 1945.03.22- )

撮影,クラウディオ・ミランダ(Claudio Miranda - )

衣装デザイン,ジャクリーン・ウェスト(Jacqueline West - )

出演,ブラッド・ピット(Brad Pitt 1963.12.18- ) ...Benjamin Button

ケイト・ブランシェット(Cate Blanchett 1969.05.14- ) ...Daisy Fuller

ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton 1960.11.05- ) ...Elizabeth Abbott

ジュリア・オーモンド(Julia Ormond 1965.01.04- ) ...Caroline Fuller

タラジ・P・ヘンソン(Taraji P. Henson 1970.09.11- ) ...Queenie

エル・ファニング(Elle Fanning 1998.04.09- ) ...Daisy Fuller – age 6

ジェイソン・フレミング(Jason Flemyng 1966.09.25- ) ...Thomas Button

イライアス・コティーズ(Elias Koteas 1961.03.11- ) ...Monsieur Gateau

ジャレッド・ハリス(Jared Harris 1961.08.24- ) ...Captain Mike













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