2010年7月13日火曜日

『愛について語るときに我々の語ること』という題の短篇小説





 数年前に亡くなってしまいましたが、レイモンド・カーヴァーというアメリカの小説界に大きく深い影響を与えた作家がいました。

 主に短篇小説を書いた人なんですが、このレイモンド・カーヴァーの小説には、傷つき損なわれた人々がよく出てきます。
 都市から離れた郊外で起こる挫折、胸を強く絞めつける喪失、人生からの落伍、これ以上ない孤独、底に手がつく絶望、そしてそこからの再生、それらが必要最低限まで短く切り詰められた文章とありありとした描写で描かれます。

 そのレイモンド・カーヴァーの作品の一つに『愛について語るときに我々の語ること』という題の短篇小説があります。
 原題は、『WHAT WE TALK ABOUT WHEN WE TALK ABOUT LOVE』です。


 二組の夫婦がディナーとしてレストランに向かう前に、そのどちらかの家で軽く飲もうかというところで小説は始まります。
 テーブルの上にはグラスと氷とジンとトニック・ウォーターがあり、四人は(どういうわけか)愛について語り始めます。
 
 愛について語り始める四人ですが、そこで話されるのは健康で優等生的な慈しみにあふれる愛とはかけ離れたものでした。部分的に病んだ愛であったり、とことん打ちのめされた愛であったり。
さらに続く四人の話(夕食は忘れられ、ジンは減り続けます)は「愛」という主題から遠ざかったものに移り変わるのですが、逆にそれは四人それぞれの本質に近づいた(言いかえればパーソナリティに迫った)会話となっていきます。
 つまり、彼ら個人個人にとって人と関わりあうということはどういうことなのか、愛について語るときに彼らが語ることはそういうことでした。




 これから書くエピソードは本当にあったことです。


 僕が彼と出会ったのは今から10年ほど前でした。当時、僕は22か23歳で大阪にある小さな飲食店を任されていました。そして、その店にアルバイトとして働くようになったのが彼でした。名前は中谷くんで当時20歳の大学生でした。
 真面目なのにどこか抜けている(でも決して憎めない)彼のキャラクターは、いつしかアルバイト仲間にとっても欠かすことのできない存在になっていました。

 店の営業時間は深夜までで、閉店作業は僕とアルバイトの二人で手分けしてやっていました。
一日のすべてが終わったら、閉店後の店内でお酒を飲みながら、取るに足らない話をして帰るか、暇なバイト仲間を呼び出してどこかに飲みに行くか、そのどちらかでした。


 その夜は暇だったこともあり、中谷くんと僕は少し早めに閉店作業を終わらせました。店の窓から外を見ると、さっきまで止んでいた雨がまた降り始めていました。夜の舗道には水たまりができ、そこに降る雨が波紋をつくり、水たまりに反射した街灯や信号の光を様々な形に変えていました。

 服を着替え、ビールを飲み始め、ミックス・ナッツに手をのばし、話をしていると、(どういうわけか)恋愛の話になりました。そこで中谷くんが話してくれたのは自分の初恋についてでした。


 中谷くんが通っていたのは家から電車で40分ほどかかる高校でした。そして、その学校の周りにはいくつかの私立の女子高校があり、通学路線の電車の中は中谷くんの学校の生徒たちと周りの女子高校の生徒たちで賑やかになるというのが日常でした。

 初めに声をかけたのは女の子のほうでした。潤んだような黒髪が印象的な女の子で、中谷くんがもらった手紙の中には、電車で見かけているうちにだんだんと気になり始めた、といった内容のことが書いてあり、最後に電話番号が書いてありました。
 ちなみに中谷くんは、世間の人がいう二枚目ではありませんが、穏やかな好印象を与えるといった男の子です。

 毎朝電車で見かけて好きになり、ある朝勇気を出して声をかける。なさそうな話ですが、まったくないわけではありません。

 初めて行ったデートは水族館でした。中谷くんと彼女はコートとマフラーがあふれる街中を歩き、少し遅めの昼食を食べ、水族館に行き、微動だにしないイトマキヒトデを見て、ソフトクリームを買い、水の中を遊ぶようにして泳ぐマゼランペンギンを見て、夕食前には帰る。そういったデートを何度かして、冬を越し、春を迎え、お互いの家を行き来するようにもなりました。

「でも一番楽しかったのは学校から家まで彼女と一緒に帰ることでした」中谷くんはそう言いました。

「学校から彼女の家まで1時間もあれば帰ることができました。ですが、たいていは寄り道しながら帰ってました。気に入ったカフェに行ったり、近くの川沿いの道を歩いたり、街の中にある小さな公園に立ち寄ったり。そして、そこで最近買ったCDのこととか、図書館で借りて読んだカスタネダのこととか、次の休みはどこに行こうとか、クラスメートの誰それの恋の話とか、他愛のないこととか互いのことを長々と話していました。大して内容のない会話ですが、そういうときに出る話題は普段のどれとも違う特別なものでした。今もよく思い出すのは、ただ家まで送るというだけのその時の彼女の姿です」
 いくらかビールを飲んだとはいえ、そのときの中谷くんはいつもと比べて様子が違ってみえました。
届くはずのないどこかに手を伸ばしているような。そして、今自分が手を伸ばしていることを誰かに言わずにはいられないみたいに。

 僕はうなずき、水滴のついたグラスを置きました。外の雨は強さを増していて、地面を叩くように降り続けていました。
 中谷くんは話を続けました。

「六月のある日の夜でした。放課後、時間になっても待ち合わせ場所に彼女が現れないので、僕は一人で家に帰りました。それから彼女の家に電話をしましたが、誰も出ませんでした。電話がつながったのは夜の10時頃でした。彼女の弟が出たので、事情を聞きました。聞いてすぐにでも病院に行きたかったのですが、彼女の親が許してはくれませんでした」
 彼女に何が起こったのか、僕は尋ねました。

「記憶喪失になったんです」
 そう答えた中谷くんの顔は冗談を言っているようには見えませんでした。

「朝、家を出て自転車で駅に向かう途中、交通事故にあったんです。外傷は特になかったんですが、頭を強く打ちました」
 時折、雨道の上を走る車の音が外から聞こえてくる、人の気配がない静かな店内でした。僕は黙って中谷くんの目を見て、彼が語る言葉を聞いていました。

「彼女に会えたのは事故から二週間後でした。病室に入る前に彼女の母親から、家族以外の誰のことも覚えてないということ。今、記憶のことを追求して娘を混乱させたくないのだと、そう言われました」
 話をしている中谷くんは、まるで、今生えてきているかのように自分の手の指を見つめていました。

「病室に入り、僕が見た彼女は以前とほとんど変わらない姿でした。ただ決定的に違うのは彼女が僕を見る目でした。見知らぬ人を見るときの伺うような目とその奥に見える困惑と翳り、そしてそれが表情にも表れていました」
 僕は記憶を失うということについて考えました。互いが好きになったという感情だけではなく、自分の存在さえも覚えていない彼女を見たときの中谷くんの悲しみがどれほどのものだったか。その時のことを話す中谷くんの顔を見て想像しました。そこには、表には出さないけれど、悲しみと同じくらい持って行き場のない怒りを含んだ憤りがあったはずだと僕は思いました。


「そのあと何度も見舞いに行きました。経過が良好だったのでしょう、彼女の両親は僕のことを彼氏だと紹介してくれました。記憶を刺激することによって新しい展開を望んでいたのだと思います。もちろん僕も新しい展開を望みました。彼女も僕のことを思い出そうとしてくれました」
 人は他人には決して見えないところで何かしら背負うべき過去を抱えているのだと、中谷くんを見て僕は思いました。

「見舞いの回を重ねても彼女の記憶は戻りませんでした。嫌いになったわけでも、別れたわけでもないのに、彼女の中からは僕に関するすべてが抜け落ちていました。両親から説明を受けても彼女が僕を見る目は、以前とはまるで違ったものでした」
 中谷くんはそう言って、右手で何かを握るしぐさをし、話を続けました。 

「僕はその目を見つめ返せませんでした。それでも、何かをきっかけにすべてを思い出すかもしれない。そうすれば何もかもが元通りになる。僕は彼女に二人で行ったフリーマーケットや、そこで見たユニークで変なおじさんのことを話したり、二人で写っている写真を見せたりもしました」
 時刻は深夜の三時をまわっていました。
 僕は店の窓を開けました。少し冷えた外の空気が店の中に流れてきました。夜本来の闇が空を覆い、降り続いた雨は空気をいくぶん澄んだものに変え、その中を月の光を微かに帯びた黒雲が流れていました。雨は止んでいましたが、窓から見える景色には一人の人もいませんでした。

「そのうち僕が大学の試験で忙しくなり、彼女に会いに行く回数は減りました。それでも電話をしたり、手紙を書いたりしていたのですが、その数も日毎に減っていきました」
 そう言い終えた中谷くんはグラスに残ったビールを飲みました。


 結局、その彼女とは徐々に疎遠になり、中谷くんの初恋は幕を閉じました。

「彼女が記憶を失った後、僕がしたことについて考えましたが、あのときの僕の対応が正しかったのかどうか、自分自身には分かりません。もっとなりふり構わず彼女の心を叩くことができたのかもしれません、そしてそれとは逆に潔く身を引くことができたのかもしれません。結局、僕にはどちらもできませんでした。記憶をなくした彼女に対して僕ができたことは、中途半端に彼女を揺さぶり、困惑させ、思い出すことも忘れきることもできない残像のような自分を彼女の心に残して去ることでした」




 この話を聞き、しばらくたった後でも僕の中に強く残るものがありました。何が僕の中で消化されずに残ったのか。その理由はどこにあるのか。

 もしも、自分の身に起きたことだったら、いったいどうしただろう。僕は考えました。

 可能性としてはあるが、現実味のないことが実際に自分の身に起こる。ある日、突然、思いがけずに。恋人が、全存在をかけて好きになった人が、自分に関するすべての記憶を喪失する。

 出会うことからやり直すわけにはいかなかったのか。記憶なんかなくても、自分の中にある彼女を好きになった要素と彼女の中にある自分を好きになった要素。それを再会させてみればいい。はじまりは気まぐれで不確かでゆらぎの多い感情だったとしても、日々、相手の心に触れるたびに深く濃くなり自分の心に浸透していく。それが恋愛と呼ばれている感情であり関係性なのだから。

 でも、彼女の場合はそううまくいかなかった。
 ひょっとしたら、記憶をよみがえらせる取っ掛かりのようなものがあったのに、それを見つけられなかっただけかもしれない。あるいは記憶の取っ掛かりなんてものは初めからなかったということだったのか。
とにかく、彼女は記憶を失くし、変わってしまった。以前に見られた彼女の性格そのものが変わったようにも思えた。


 生きているだけで奇跡の連続のようなこの世の中には、何をどのようにしたところで元通りに戻せないことがあるのだと知った。それに気づいたとき、自分が傷つき、とても大事な何かを失っていることを知った。その何かとは、一度失えば二度と手にすることができない類のものだった。
 それは人生の中で何度か起こる本当の喪失の体験だった。

 それでも僕は彼女の心の奥深くに泉があることを信じた。その泉に向かって石を投げ入れ、それによって起こる波紋に彼女が気づき、すべてを思い出し、何もなかったような目で笑いかけてくれることを。


 そして今、僕は彼女の病室の扉の前に立っている。白い扉の横の壁には小さなプレートがあり、そこには彼女の名前がある。
 手をのばし、扉を開けると病室は差し込む太陽の光で満たされている。部屋の窓側にはベッドがあり、そこに座って窓の外を見ている人がいる。これまでに何度となく見た彼女であり、その彼女の横顔だ。二人で家まで帰る途中、夕方の沈む陽光に見とれていたときと同じ顔だった。そんなときの何気ない彼女の顔を見るのが僕は好きだった。
 僕は静かに病室に入り、ベッドの近くにある椅子に座り、彼女が見ている方向を見た。そこには風に揺れる樹々の枝葉があり、広がる青い空があり、それらを照らすまぶしい太陽の光があった。
僕は彼女の名前を呼んだ。