2010年4月13日火曜日

『モグラびと ニューヨーク地下鉄生活者たち』

 
 
 
『モグラびと ニューヨーク地下鉄生活者たち』

著者,ジェニファー・トス(Jennifer Toth)

訳者,渡辺葉

出版社,集英社








 一つの事実として、ニューヨークの地下空間-現在運営中の地下鉄や前世紀の地下道など-にホームレスが住み着いている。一九八六年のニューヨー ク市当局の見積もりでは、地下鉄内だけで五千人が住んでいるとされていた。

 さらに、一九九一年の調査では、グランド・セントラルとペン駅だけで六千三十一人が確認されている。


 地下に人が住み着く。このことは『モグラびと』(原題『THE MOLE PEOPLE』)が刊行され、人に読まれるようになるまで極わずかの人の間でしか知られていない事実だったのではないだろうか。

 噂は陽を背にしたときの影のように伸び、モグラびとは手や足の指の間に水かきができているとか、人肉を食べていると囁かれた。



 地底人、ヴァンパイア伝説。映画のような話だが、この事実が基になっているのかもしれないと思った映画に『ブレイド』や『ディセント』、『マ イ・プライベート・アイダホ』、『ボム・ザ・システム』がある。



 重度の麻薬中毒障害が地下で怯えながら暮らす。心の拠り所となるホームを地下のコミュニティ内に築いているので、ホームレスと呼ばれることを嫌 い、ハウスレスと呼ばれることを好む。

 住人の中には子供もいる。幼いころにレイプされ、男娼として日々をしのいでいる者もいる。ほんの些細な諍いで命がやりとりされる。時には煙草一 本で。安価な麻薬を手に入れるために手放していくもの。

 日の光が届かない暗闇の中で怯える。やがて暗闇に慣れ、ものが見えるようになる。だが、暗闇に慣れるのと同時にある感覚が失われていく。

 暗闇は-地上と地下によらず-すべての人間の中から特異な一面をひっぱり出す。「刃」(ブレード)と呼ばれた男はそう語る。



「何人にも劣らぬ者であれ。また何人にも優れぬ者であれ。人は皆、己とは異なる顔かたちをして己自身と知れ。邪と俗を卑しめ。けれど邪と俗に憑か れし者を卑しむな。このことを心に刻め。慈しみと優しさを恥と思うな。されど己の生において殺さねばならぬ時が来たら、迷わず殺せ。そしてそれを悔やむ な」
ウィリアム・サローヤン

-本著第二十三章『「刃」(ブレード)と呼ばれた男』より抜粋








路上生活者34%増加―NY市


 このニュースによると、2010年の路上・地下鉄生活者は三千百十一だという。
およそ10年前に行った調査の六千三十一人(グランド・セントラルとペン駅だけで)と比べるとおよそ三千人の差がある。いったい三千人もの人々はどこに行ってしまったのだろうか。


 それ以前に、やはり、地下鉄の施設内で六千人もの人々が生活しているという事実に驚いてしまう。
それも、City of the Worldと呼ばれるニューヨーク市に。アメリカが誇る世界最先端の都市に。

 華やかな光あるところにできた巨大な暗渠なのだろうか。