2010年7月28日水曜日

Pain is temporary. Quitting lasts forever.





『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』(『It's Not About the Bike』)

著者,ランス・アームストロング,サリー・ジェンキンス

訳者,安次嶺佳子

出版社,講談社










アメリカ合衆国テキサス州出身の自転車レースの選手、ランス・アームストロング(Lance Armstrong 1971.09.18- )。


一九九六年、精巣腫瘍を発病。癌は肺と脳に転移していた。過酷な化学療法を受け、再起をはかり、そして見事にそれを果たした。

果たしたなんてものではなく、癌の闘病後に世界最大の自転車レースであるツール・ド・フランスに出場し、前人未到の七連覇(1999-2005)を成し遂げる。






この本は、病に倒れ、そこから再起したランス・アームストロングの闘病生活を主とした選手生活が記されている。




そもそも自転車レースのことを知ったのは、黒田硫黄著『茄子』からだったが、そのときは知ったといっても踏み込んで知るまでの興味は湧かなかった。






だが、2007年のツール・ド・フランスを見て、見事にはまった。







そこで読んだのがこの本『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』だった。


タイトルの"Pain is temporary. Quitting lasts forever."もこの本の中の言葉から。

痛みは一時のもの、引退は引きずり続けてしまうもの と訳してみました。








癌に侵され、常に死を意識し、それに向き合う記述を読むのは気が重くなるが、中には素晴らしい描写もあり、何よりそれは真実に触れ、心に沁みるものだった。



まるで読み手が自転車に乗っているかのような気持ちになったのがこの描写。

毎日放課後、僕は一〇キロ近くをまず自分の足で走った。それから自転車に乗り、夕闇の中をこぎ出していく。こうして自転車に乗るうちに、だんだんとテキサスが好きになった。田園風景は寂しかったが、とても美しかった。広大な牧場や綿畑の中を貫く田舎道、見えるものといえば遠くの貯水塔や大型穀物倉庫、崩れかかった納屋くらいだ。草は家畜に食べ尽くされ、土はカップの底に残ったひからびたコーヒーのようだった。なだらかに続く草原に、木がたった一本、風で奇妙な形になっているのを見ることもあった。しかしたいていは走れども走れども、目の前にあるのは平らな黄色がかった茶色い平原や綿畑で、時折ガソリンスタンドがある以外は、ただただ平坦なだだっ広いところに強い風が吹いているだけだった。

―『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』より抜粋





その道に長けた人がみなそうであるように、自分が専門としている分野の捉え方の延長線上に世界を見て、捉え、考えて、的を得た総括を獲得している。ランス・アームストロングもそうだと言える。




ある記事の中で、僕がフランスの丘や山々を「飛ぶように上っていった」という表現があった。でも丘を「飛ぶように上る」ことなどできない。僕にできることは、「ゆっくりと苦しみながらも、ひたすらにペダルをこぎ続け、あらゆる努力を惜しまず上っていく」ことだけだ。そうすれば、もしかしたら最初に頂上にたどり着けるかもしれないのだ。

― 『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』より抜粋






はかり知れない喪失を体験し、再起を果たしたランス・アームストロング。



闘病後に出会った女性と結婚し、子も授かった。そして離婚を経て、一時は現役を引退していたが、2008年に現役復帰を表明し、2009年アスタナ・チームに加入しレースに出場、同年のツール・ド・フランスで総合優勝を果たしたチームメイトのアルベルト・コンタドールをアシストし、自身も総合三位に入賞。現在はチーム『Radio Shack』に在籍し、レースに参加している。