2010年8月17日火曜日

ジブリ 創作のヒミツ





現在公開中の映画『借りぐらしのアリエッティ』。


借りぐらしのアリエッティ 公式サイト



監督に抜擢されたのは、1973年生まれの米林宏昌さん(37歳)。
近藤喜文さんの初(で最後の)監督アニメーション作品『耳をすませば』に感動して、スタジオジブリへの入社を決意したという。




米林宏昌(呼称マロ)さんが監督に抜擢された経緯は、鈴木プロデューサーがどこかで発言されていたのを見て知っていました。



新作の監督を誰にするのかと宮崎監督に聞かれたとき、鈴木プロデューサーはとっさに「マロがいいと思う」とおっしゃったそうです。

候補として挙がるならこの人だろう、という共通の認識すら持てないほど人材がいないということなのでしょう。



スタジオジブリでの新人監督の抜擢は今回が初めてのことではありません。
劇場版長篇作品でいえば、過去に近藤喜文さん、森田宏幸さん、宮崎吾朗さんが起用されましたが、第二回監督作品を作った人は一人もいません。

近藤喜文さん(『耳をすませば』)は病気でお亡くなりになりましたし、森田宏幸さん(『猫の恩返し』)は移籍(?)でしょうか。
宮崎駿監督の実子である宮崎吾朗さん(『ゲド戦記』)は、原作者が「冒涜」と言うほどの駄作を作ってしまいました。


ゲド戦記Wiki - ジブリ映画「ゲド戦記」に対する原作者のコメント全文





後継者が育たない土壌。


原因は、宮崎駿監督の色があまりにも濃すぎるためです。

起用された新人監督に対し、クリエイターとして(時に一人の突出したエゴを持つ人間として)真っ向から衝突するのを辞さない、というのが宮崎駿監督のやり方でした。











『借りぐらしのアリエッティ』を制作している間、宮崎監督は何をしていたのか。鈴木プロデューサーは宮崎監督に何か言ったのか。米林宏昌監督とはどういう人物なのか。






2010年8月10日(火)、NHk総合で放送されたテレビ番組、『ジブリ 創作のヒミツ 宮崎駿と新人監督 葛藤の400日』


この夏、公開のジブリ最新作「借りぐらしのアリエッティ」、その制作の舞台裏の長期密着ドキュメントに加え、スタジオではCGを駆使しジブリ映画の魅力を徹底解剖する73分のスペシャル番組。
今回の作品は、脚本を宮崎駿(69)が担当、だが監督は36歳の全くの新人。これまで宮崎の下で活躍して来た敏腕アニメーターを大抜擢したのだ。その背景には、新たな“才能”を育ててこれなかったという強い危機感がある。実は、これまでも幾人もの若手が監督を任されてきたが、宮崎はその強いこだわり故に作品作りに介入、最後には乗っ取ってしまうことも多かった。そこで今回、宮崎は作品に介入しないと決めた。その一方で手助けなしで映画を作りきることを強いられた新人監督には圧倒的な重圧がのしかかる。
師弟の心のドラマを描く密着ドキュメントに加え、スタジオでは見る者の心を揺さぶるジブリ映画の“絵に命を吹き込む”創作のヒミツを徹底的解剖する。

NHKナツトクnavi 夏の特集番組2010 より




鈴木プロデューサーが出演しているラジオ番組に、その答えに近づく手がかりがありました。



『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』










『ジブリ 創作のヒミツ』で米林監督に密着したのは、NHKのディレクターである細田直樹さん(31歳)。細田さんを起用したのはスタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんだという。



番組は、俳優の大森南朋さん(38歳)のナレーションが付随している米林宏昌監督を主としたアニメーション映画制作の日々に密着している映像と、番組スタジオで行われているという体(てい)で、タレントの広末涼子さん(30歳)による司会進行パートで構成されていました。







2010年7月23日。スイス南部・フィーシュで観光列車「氷河特急」が脱線して、日本人女性1人が死亡、42名の重傷を含む被害者が出た事故が起こりました。
そして、24日、鉄道会社などが会見し、事故原因は設備上の問題や人的ミスが複合的に絡んでいる可能性があるとの見解を示しました。

設備の問題や人的ミスが複合か スイス脱線 | 日テレNEWS24


映像では、鉄道会社のCEOが出演し、「原因は施設の老朽化や人的ミスが重なった複合的なもの」と発言していました。
(事故調査の最終段階で、原因は「運転士が制限速度を超えて運転した人的ミスだった」との結論に達した、とのことです)


複合的な要素に基づく結果。
スイスの脱線事故がどうであったかは別として、いくつかの要素が複雑に絡み合って起こり得た結果、というのは理解しがたい、といいますか、把握しきれないようです。

その割合がどんなものであれ、最も多くを占める要素にフォーカスを当てなければ大衆は満足しない、という傾向にも当てはまるようです。











『ジブリ 創作のヒミツ』ではタイトルの通り、「アニメーション制作会社であるスタジオジブリの後継者養成」、「新人監督の大抜擢」、「宮崎駿監督という存在」に焦点が当てられていました。








「一番責任を背負った(しょった)人間が必死に考えて、これがよかろうってとこに辿り着くしかないんですね」

「ああしろ、こうしろっていう風に、細々と注文をつけるのは、やっぱり角を矯めて牛を殺すことになるんです。だからそれはやっぱりやっちゃいけないとこなんですよ。乱入するのは一見簡単だけど、それで鼻面つかまえてあっち行けこっち向けってやってね、いい結果になるはずはないから」


少し痩せたように見える宮崎駿監督は言う。


そして、「自らが監督を務められるのはあと一本」だとも。







『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』の中で細田直樹さんが出演しているのは、第138回と第150回。

この、NHKのディレクターである細田直樹さんという方は、非常に強い特徴の声をしていました。

その声から、他者にコントロールや誘導されることを極端に嫌い、自分の信ずる道を何よりも優先する。そういう印象を受けました。




スタッフと極少数の関係者のみで行われた『借りぐらしのアリエッティ』の初号試写会。

絵コンテもラッシュも一切見なかった宮崎駿監督が完成した映画を見て、どういう反応をするのか。誰もがそれを見守っていた。
上映後、宮崎駿監督は米林監督の手を取り、高く掲げた。そして「彼は本当によくやりました」と言う。

父親が息子を褒めるように。

場内は拍手が鳴り続けていた。





それを映像に撮っていた細田さんはその時のことを振り返り、こう言う。
「マロさんの側に一瞬完全に立って、良かったと思いましたけども。ふと、これは本当に100%本心なのか、何10%かは立場とか存在としての役割としての意識があっての行動なのかと思いましたし、今でもその割合は本人のみが知る――本人もどれくらい認識されているか分からないですけれど、今もってまだ藪の中です」

鈴木プロデューサーはこう返す。
「でも終わった後ね。控え室に入ったでしょ。あの時の宮さんはどういう感じでしたか?」

細田
「あの宮崎さんを見ると、パフォーマンスじゃない、というか」

鈴木
「興奮なんですよ、あれは」

細田
「そうですね」

鈴木
「何しろ本人は、マロが(控え室に)来た瞬間、なんて言っちゃったか。『おれ、泣いちゃったよ』て言ったんだよ。あれは何ですか?」

細田
「また、これ難しいんです。泣いちゃったよの意味っていうのは」










そして、終盤。

鈴木
「マロは面白いやつですか?」

細田
「面白いですね。まだね、これだけ居させてもらって分かんないと思ってることの方が遥かに多いんですよね。つかめない感じがするんです。同僚の方たちも(マロのことは)つかめないと言ってる方が多かったですね。誰か、私はマロさんのことをつかんでる、という風に自信を持ってる方が果たしているんだろうかとも僕は思っています」

鈴木
「つかんでみたくないの?」


(中略)


鈴木
「次、マロが作るときにね、細田さんも手伝ってみたいと思わない?」

伊平容子さん(アシスタント・プロデューサーと思われる)
「えっ、鈴木さんと宮崎さんのような、そういう関係ってことですか?」

鈴木
「いや、分からない。それは自分がどう受け止めるか」

伊平
「一生で、まあ、何人の人と真剣に向き合うかっていうことも含めて」

鈴木
「そうそうそう」






鈴木
「やるべきだと思うよ」

















宮崎駿監督が(少数の人に痛烈に批判されながらも)これほど多くの人々に評価されているのは、もちろん、いくつかの要素が複合的に重なっているからです。

アニメーターとしての高い能力。魅力的なキャラクター造形。膨大かつ実践的な知識量。実感を伴う高い空想力。他者を圧倒する個性、が挙げられます。

そして、それら全てを総動員し、物語の深みに誰よりも深く潜ることで、非常に優れたストーリーの語り手と成り得ています。




その能力は『千と千尋の神隠し』で最大限に発揮され、『ハウルの動く城』である到達点に達しました。




あれほどまでに深く物語に潜り、この二作品を残せたことは驚異的なことです。













海の上のブイのようにいくつかの疑問が浮かんできます。


米林監督に物語を語る能力は備わっているのでしょうか。

そして、もし、次回作があるとすれば、細田さんは何を考え、どう動くのでしょうか。