2013年3月19日火曜日
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。 その2
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。
の続きです。
「スパイか占い師になりたい」という14歳のニコが本当にシリアスなケースに立ち会い、それに対して向かい合い、その向こうに行こうとする。
未完のまま止まっている本作品。第二巻でニコはシリアスそのものの事件に遭遇し、それが自分の選択した結果による遭遇だということに気づく。
ここでいう事のシリアスは個人の性格的な楽観や悲観の傾向によって出る捉え方の違いではありません。主観という感情の入り込む余地のある楽観悲観を除いて見てもシリアスそのものを指しています。
映画『ヒート』の中でアル・パチーノ演じる刑事(ロサンゼルス市警)は仕事に没頭するあまり二度目の離婚の危機を迎える。
それを回避したい妻は重い事件を抱え日々暗い顔をしている夫に言う。
『愛してるからそれも分かち合いたい』と。
心を分かち合えれば何でも乗り越えられると思っているからだ。
夫は皺のよった新聞紙のような声でこう返事をする。
『家に帰ってこう言うのか? ハイハニー!今日はヤク中男が赤ん坊がうるさいと電子レンジで焼き殺したんだよ』
幼少期から思春期を経て通過儀礼を乗り越えて成長しようとするニコに、差し引くことのできない容赦なき日常と現実は身に迫り続けていく。
『あおぞら髪切り』で知り合った丸尾ちゃんのお店に飛び込んできた銀行強盗の男で第二巻は始まります。(『なれなれしいのと打ちとけるのは…違うし。』)
三日たてば何でも忘れる三日坊主と鰻を食べる。(『忘れてんの。自分のしたことも。それで後悔したことも。』)
おじいさんからもらった携帯に公衆電話からかけてきたハムカツ。
間違い電話を装ったナンパだと思い、テレクラのときのように呼び出して男の様子を探っていたが、逆に探られていたのだとニコは気づく。
『何ひとつ持ってないけど好きなものはある人もいる。 三日坊主が好きなのはうなぎと散歩 三日坊主はどうしてるんだろ。』
《み…な…なんの話だい?誰のこと?》
『なんでも三日で忘れる、うちの旦那を殺しにきた殺し屋。』
《……… ……… じじいのせいでお払い箱さ。 三日坊主は…もうこの世にはいない。》
『あんたが… ………… ……したの?』
《じじいが殺したんだな。三日坊主を放免したから死んだのさ。》
したのは私。おじいさんも三日坊主も助けたかったから。
おじいさんは、私に仕事をくれたから。
ワクワクした。胸がいっぱいになった。
あのとき、
もう、
選んでいたんだ。
「スパイか占い師になりたい」そう言っていた少女は、実はそうではない別の何かになりたいのかもしれないと思うようになる。
『スパイや占い師ってなんだと思う?おじいさん
人の秘密や運命… それを知ってコントロールするとか?
そんなことがしたいんじゃないんだ。
だって余計なお世話じゃない?
誰だって自分の運命をコントロールしたいんじゃない?
私がしたいのはね、この世界にちょっとしたドリームを与えるような…
そういうことなんだ。』
これが最後の頼みごとになるかもしれない、ぼけた婆さんからむかし預けた鍵を返してもらってきてくれ、老人はそう言ってニコをある人に会わせる。
止まるのか、さらに進むのか、それを決めるのは少女自身だと老人は思った。
都心の中にあるにしては大きすぎる屋敷、敷地を塀が囲んでいて竹林や雑木林が鬱蒼としている。そこに召使を抱えて一人で住んでいる老女。
部屋の中には諸外国の本がぎっしりと詰まった大きな本棚が並んでいる。
大野良枝と名乗る老女と林二湖は紅茶を飲みながら会話をする。
良枝は紅茶のカップを手に取って言う「濃くないかしら?」
『いえ全然平気です。』鍵のことには触れないニコ。
『かわいいカップ。 おばあちゃんはうちのおばあちゃんとは違っててー… 紅茶だなんて……それに色んな本がいっぱい。 あっ、おばあちゃんなんて失礼ね。お名前教えてくれませんか、大野さん。』
「大野良枝というんですよ。」ニコが聞くと同時に良枝は応える。反応には老人らしさがない。
『良枝さん今日はいいお天気ですね。』ただの世間話を続けるニコ。
「そうねえ、日焼けが大変。」良枝の表情はよく見えない。おじいさんが言うとおり“ただのぼけた婆さん”にも見えるし、そうでないようにも見える。
『良枝さんは色が白いですね。きれいだ。』
「昔はね、オリーブ油を使ったのよ、日焼け止めは。 昔はお料理なんかには使わなかったの。」世間話は続く。
『私、びっくりしたのは本がですね… 英語だけじゃなくていろんな国の本があって…… ハイカラですね。』
「ハイカラなんて言葉よく知ってるのねえ。」
『いや、マンガとかで。』
「ああそうそう。 お紅茶濃くないかしら?」
『いえ、平気ですけど』動作や反応、耳の聞こえにも老人らしさが微塵もない。それなのに二度も紅茶の濃さを訊くのはなぜだろう、とニコは思う。
『良枝さんは、遊びにくるお孫さんはいないんですか?』
「あら、私はね、結婚しそびれてしまったの。 本を読んでいたらおばあちゃんになっていたのよ。」
『じゃあ本を読むようなお仕事をしてたんですか?』
「そうねえ、記者とか作家とか。」声を聞く限り嘘を言っている感じはしない。だけど、本当のことすべてを言っている感じもしない、ニコは思う。
『うわあ、かっこいいですね。』表面上の世間話は続く。
「あなた、今の若い子は援助交際とかするの?」
『…え? 今の若い子がみんなしてるわけではないですよ。 してる子は若いからだろうけど。』
良枝さんはただのお婆さんではないことは分かる。だけど、ただのお婆さんではないとしたらどういうお婆さんなんだろう、ニコは思う。それと同時に奇妙にも思える家の中の静けさに気がつく。窓の外から蝉の鳴き声が聞こえるだけ、家の中で音を発しているものが何もない。
「ルーズソックスなどはおはきになる?今の子は。」
『い?今の子ははかないです。中学だと制服と合わないし。』
「まあ、そうなの。 テレビでしか知らないものだから」
『…… ……』
何を隠してるんだろう、隠す必要があるものなのだろうか、それとも、自分の何かを隠すのが常になるような事をしているんだろうか。自分が考えていることを表情には出さずに世間話を続けていたがここで初めて考えを表情に出す。
「あ、お紅茶濃くない?」意図ある三度目の質問。
『ああ、はい。』 ニコは表面上の芝居をすることを止める。良枝さんもそれに気づいたはずなのにその素振りを微塵も外には出さない。
場の緊張感は一気に高くなる。
「嘘をつくと、閻魔様に舌を抜かれてしまうのよ、知ってる?」
『あのう……』偽りの話はしないことにしたという表情がニコの顔に出る。無表情にも見えるがそこには“気づき”だけが残っている。
『わざと老人ぶっていません?』
「まあ…… どうして?」そう思うの?とでも言いたいのだろうか。まだ何かを隠そうとしている。私の態度の変化にはとっくに気づいているはずなのに、ニコは思う。
『良枝さんは失敗したことありますか。』
今の今まで世間話をしていたとは思えないほど話は核心のど真ん中に飛ぶ。
ニコが思うのは三日坊主のこと、自分のしたこともそれで後悔したこともすべて忘れる殺し屋のこと、そして自分に仕事をくれたおじいさんのこと、どちらも助けたかった。だけど失敗した。以来そのことが頭から離れることはなかった。
「まあ、失敗? あなたは、あまり恋なんかしそうにないけれど。」
『へ?』
「そうじゃないの?恋におちるのは自分を見てる人で、あなたみたいに他人に興味シンシンの人は…… 餌を撒いて釣るのに夢中だから、なかなか釣られるほうにはならないのよ。」
老女の顔に刻まれた皺から浮かび上がる表情には狡猾に意図的に作られた人の良さが見て取れた。腕利きの職人が作った仮面のようでもある。だが、まぶたの間から見える薄い眼光から感じ取れるのは、何か達観したからこその鋭さ、熟知した上での諦観、信念では括りきれない揺れ動かないもの、それはおじいさんの眼光に共通したものだった。
『そういう失敗じゃなくて…』
「あら、そういう失敗じゃないの? どういう失敗?」
『良枝さんの大きな家、暮らしぶりや本棚。 話し方、静けさ――つくられた静けさ―― 良枝さんは、引退する前は記者や作家のほかに…』
「スパイ? スパイをしてたときの失敗談?」もう紅茶の濃さを訊いてはこない。
『本物のスパイの人ははじめてです。』
普通の14歳の少女にはとうてい達しえない表情があらわれている。
「そうねえ、どこそこのスパイをしてるなんて、言っちゃいけないからねえ。」
時間にして一時間もたたないうちに少女と老人の世間話から、林二湖と大野良枝、個人と個人それそのものを出し合う場になっている。
「スパイには失敗というより成功がないかもね。 誰かが痛い目に遭うでしょう。」
「自分が痛い目に遭うのはアクシデント。運が悪かった。 自分が痛い目に遭わすのは……バッドエンド。」
『ハッピーエンドは?』
「ハッピーエンドはありません。 けど充たされてはいたねえ。その点、後悔はしてないねえ。」
『どうして? 面白いから?仕事だから?』
後悔していない?私はずっと後悔している、ニコは思う。
「語学ができて色気がなかったからだろうねえ。」
答えになっていない、ニコは思う。
『人を…陥れて、バッドエンドに後悔は?ないの? あのときもっとうまくとか。』
「もっとうまくできる人がいれば、その人に投げ出していたかも。 でも、それをやる人はほかにはいなかったの。 あなたはスパイになりたいの?」
スパイか占い師になりたい、そう始めたニコに大野良枝は問う。
『わからない。スパイじゃなくてもっと… そりゃあハッピーエンドが見たいもの。』
ニコは答える。
『良枝さんはどうしてスパイになったの?』
「語学ができて色気がなかったからねえ。」
同じ返答。紅茶のときと同じ。スパイになった動機を知りたいのに。核心を隠しているのか。
『スパイになりたかった?』
「翻訳で手が足りないって頼まれてねえ、同級生に… やる人がいなかったからやるようになった。」
核心ではない。それは動機ではなくて、事の経緯だ。
『それはやりたいことだったの?本当にやってよかったと?』
「そうねえ。」
質問を重ねてくるニコに大野良枝は答える。
「意志ではなく、才能が行く道を選ぶ。 そういうことがあると思うのよ。」
一つの鍵を手にしたニコにおじいさんは言う。
『ばあさんが相応しいと思ったなら、ニコにあげようと思ってな、この箱の中の。 前に進むつもりならば。』
鍵を使って開いた箱の中には古い懐中時計があった。
そして、未完の本作品の最終話である『伝言ゲーム』。
おじいさんからもらった懐中時計を手に、友達のむーちゃんと渋谷の麗郷で湯麺を食べるニコ。
やはりというかロボの存在はとても大きい。シリアスに成長していくニコとは対照的に、全話を通して単純明快な煩悩と欲求を行動原理にして動いていく。(『とはいえ。俺には子どものころから叩き込まれた正義の心がある。 誰にもゆずれないものがある!胸の大きさとか。 行くのは清く正しくテレクラにしよう!』)
あれだけ大波のようなエピソードが続いたあと、ただの小波ではなく魅力的な小波を生み出すことができているのがこの作品の脅威的な面白さの一つです。
そして、大野良枝さんとの会話を経て、もはや存在だけで対面した人の奥にある個人性に向かい合い、事件を解決することができつつあるニコ。
第三巻があるとすれば小波5話に大波1話の全6話の構成でしょうか。
ニコの成長という大筋が絡むエピソードには、まだ現れていない永遠の宿敵の登場が待たれます。正義ヒーローが大好きなロボもそこに絡むことでしょう。
同年代で異性という“ようかん”に触発されて豪遊、というエピソードもありましたし、一つ道が違えば自分もそこに辿り着いていたかもしれない“みほちゃん”という存在もいました。
宿敵、というからにはニコの宿敵にならざるを得ない、当人同士ですら回避し得ない動機というものが必要になります。
成長の過程にいて、存在そのもので事件を解決するニコの宿敵。
互いが知らないまま、同じ事件をそれぞれの方法で解決しようとするエピソードで初めて出会う、というのもあるかもしれません。
ですが、“ようかん”と “みほちゃん”という存在がすでにあったのですから、ニコにとっては謎の存在(追いつめて、影の輪郭だけは見える)なのかもしれません。宿敵の方はニコの存在を知り、詳しく調べ、次のエピソードにつながる。
魅力的な小波として、時事的な話題から立ち上がるエピソードもそこにはあり、実在の場所から立ち上がるエピソードもあり、ロボ主体のエピソードもあるかもしれません。
『ジオラマ 第四号』で描かれた『空気の娘』に出てくるお父さんがロボの成長した姿だとしたら(いや、ロボにしか見えない)、とっくに成長したニコが描かれるのもあるかもしれません。
連載当時の2000年に25歳だったロボですから、現在およそ38歳。ニコは27歳です。
見たい。14歳の少女ニコのエピソードは終わり、27歳のニコのエピソード。そして呼び出される子持ちのロボ38歳。そして、おじいさんは、名梨は。
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。
2013年3月12日火曜日
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。
まず、 『セクシーボイス アンド ロボ』とは、小学館発行による漫画雑誌『スピリッツ増刊IKKI』に連載された黒田硫黄著作の漫画作品です。
単行本第一巻は2002年1月1日、第二巻は2003年4月1日に刊行され、未完のまま現在に至っています。
黒田硫黄の著作のレビューによくある表現は
「筆による線で描かれたキャラクターの魅力性」だったり、
「類にないダイナミクス」だったり、
「大胆見事な構図」だったり、
「先の読めない展開性とその結末」だったり、
ブラブラブラ……とあるんですが、『セクシーボイス アンド ロボ』という作品に限ってはそれだけに収まらない作者自身も意図し得なかった物語の発展性が大きく残されているのではないか。
まず単行本の装幀(木村豊)の見事さについて言及したい。
主人公である林二湖(はやし にこ 『いやさ、セクシーボイス。』)が口を開けている顔が描かれています。
色調は第一巻がグリーンとオレンジ、第二巻が蛍光ブルーと蛍光ピンク。
裏表紙にはロボこと須藤威一郎(すどう いいちろう 『あるイミ人を幸せにしてるんだがなあ…』)が描かれています。
口を開けているのは主人公のニコがあらゆる人物の声色を使い分ける特技(声を聞いただけで対象の身体的外見を特定することもできる)を持っているからです。それもあってか、第一巻は少し控えめ、第二巻では目一杯口を開けて何かを言っています。もし、第三巻があるとすればどんな表紙になるのか。
主人公のニコ( 『スパイか占い師になりたい』 )は14歳の女の子でテレクラでサクラのアルバイトをして小遣い稼ぎをしているという何とも荒れた生活をしています。
受話器の声だけを聞き、外見を想像し、待ち合わせ場所に現れる相手を見て答え合わせをする。自分の特技の精度を上げることにもつながっています。
そのアルバイト中、池袋の伯爵という喫茶店で老人と出会う。
老人が持ちかける怪しい話。
子供を誘拐し、年末商戦のイルミネーションを点けるなと脅迫してきている男の電話の声をニコは聞く。
今、この日、この時、この場所で何かできるのは『宇宙で私だけ』というのがニコの行動原理で、老人が持ちかけた危ない仕事を引き受ける動機にもなっています。
家出した放蕩息子の調査。(『それにしても、世の中って恐ろしい生きものがいるね。』)
次世代高速電話のプログラムをした男の調査。(『でも、妻帯者だから、マイナス500点。』)
博打の賭場から500万を持ち逃げした少年(ようかん)の調査。(『みみちいから私なのでございますか。』)
デコ頑と呼ばれたころの老人に出会った節子さんの依頼。(『デコ頑にゃー。セッちゃんにゃー。』)
で、オレンジとグリーンの第一巻は終わる。
スパイもの、というよりは探偵ものによく見られる『巻き起こるカラフルな事件』を少女ニコが大胆見事に解決していくエピソードが続いていく。
だが、第二巻でニコはより深く仕事の世界に関わっていくことになります。
「スパイか占い師になりたい」という14歳のニコが本当にシリアスなケースに立ち会い、それに対して向かい合い、その向こうに行こうとする。
これこそが『セクシーボイス アンド ロボ』の中枢に流れている骨子であり、短編読み切り型のエピソードが回を増すほど異質ともいえる厚みを帯びてくる原因にもなっています。
いわゆる少女が通過儀礼を乗り越えて大人になる成長物語、とも取れますが乗り越える通過儀礼があまりにも硬質で濃厚な闇のような色をしているため、そのときに発せられるセリフは少女ニコ自身に深く突き刺さり、自分がいる世界、そして行こうとしている世界が如何に未踏の領域であるかを再認識させる。
黒田硫黄は読み切りの短編というシチュエーションでなら最高のパフォーマンスを発揮するタイプの漫画家で、さらに言えば、それが自己の趣味性ではなくエンターテインメント性を強く帯びたとき唯一無二の特異な作品へと昇華しています。
茄子 上下巻
大金星 の『Schweitzer』そして『多田博士』。
ネオデビルマン の『ゼノンの立つ日』
短篇集hi mi tsu ki chi ヒミツキチ の『勉強部屋』
これほどの才能を持った漫画家を他に見たことがありません。
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。 その2
に続きます。
まず、 『セクシーボイス アンド ロボ』とは、小学館発行による漫画雑誌『スピリッツ増刊IKKI』に連載された黒田硫黄著作の漫画作品です。
単行本第一巻は2002年1月1日、第二巻は2003年4月1日に刊行され、未完のまま現在に至っています。
黒田硫黄の著作のレビューによくある表現は
「筆による線で描かれたキャラクターの魅力性」だったり、
「類にないダイナミクス」だったり、
「大胆見事な構図」だったり、
「先の読めない展開性とその結末」だったり、
ブラブラブラ……とあるんですが、『セクシーボイス アンド ロボ』という作品に限ってはそれだけに収まらない作者自身も意図し得なかった物語の発展性が大きく残されているのではないか。
まず単行本の装幀(木村豊)の見事さについて言及したい。
主人公である林二湖(はやし にこ 『いやさ、セクシーボイス。』)が口を開けている顔が描かれています。
色調は第一巻がグリーンとオレンジ、第二巻が蛍光ブルーと蛍光ピンク。
裏表紙にはロボこと須藤威一郎(すどう いいちろう 『あるイミ人を幸せにしてるんだがなあ…』)が描かれています。
口を開けているのは主人公のニコがあらゆる人物の声色を使い分ける特技(声を聞いただけで対象の身体的外見を特定することもできる)を持っているからです。それもあってか、第一巻は少し控えめ、第二巻では目一杯口を開けて何かを言っています。もし、第三巻があるとすればどんな表紙になるのか。
主人公のニコ( 『スパイか占い師になりたい』 )は14歳の女の子でテレクラでサクラのアルバイトをして小遣い稼ぎをしているという何とも荒れた生活をしています。
受話器の声だけを聞き、外見を想像し、待ち合わせ場所に現れる相手を見て答え合わせをする。自分の特技の精度を上げることにもつながっています。
そのアルバイト中、池袋の伯爵という喫茶店で老人と出会う。
老人が持ちかける怪しい話。
子供を誘拐し、年末商戦のイルミネーションを点けるなと脅迫してきている男の電話の声をニコは聞く。
今、この日、この時、この場所で何かできるのは『宇宙で私だけ』というのがニコの行動原理で、老人が持ちかけた危ない仕事を引き受ける動機にもなっています。
家出した放蕩息子の調査。(『それにしても、世の中って恐ろしい生きものがいるね。』)
次世代高速電話のプログラムをした男の調査。(『でも、妻帯者だから、マイナス500点。』)
博打の賭場から500万を持ち逃げした少年(ようかん)の調査。(『みみちいから私なのでございますか。』)
デコ頑と呼ばれたころの老人に出会った節子さんの依頼。(『デコ頑にゃー。セッちゃんにゃー。』)
で、オレンジとグリーンの第一巻は終わる。
スパイもの、というよりは探偵ものによく見られる『巻き起こるカラフルな事件』を少女ニコが大胆見事に解決していくエピソードが続いていく。
だが、第二巻でニコはより深く仕事の世界に関わっていくことになります。
「スパイか占い師になりたい」という14歳のニコが本当にシリアスなケースに立ち会い、それに対して向かい合い、その向こうに行こうとする。
これこそが『セクシーボイス アンド ロボ』の中枢に流れている骨子であり、短編読み切り型のエピソードが回を増すほど異質ともいえる厚みを帯びてくる原因にもなっています。
いわゆる少女が通過儀礼を乗り越えて大人になる成長物語、とも取れますが乗り越える通過儀礼があまりにも硬質で濃厚な闇のような色をしているため、そのときに発せられるセリフは少女ニコ自身に深く突き刺さり、自分がいる世界、そして行こうとしている世界が如何に未踏の領域であるかを再認識させる。
黒田硫黄は読み切りの短編というシチュエーションでなら最高のパフォーマンスを発揮するタイプの漫画家で、さらに言えば、それが自己の趣味性ではなくエンターテインメント性を強く帯びたとき唯一無二の特異な作品へと昇華しています。
茄子 上下巻
大金星 の『Schweitzer』そして『多田博士』。
ネオデビルマン の『ゼノンの立つ日』
短篇集hi mi tsu ki chi ヒミツキチ の『勉強部屋』
これほどの才能を持った漫画家を他に見たことがありません。
『セクシーボイス アンド ロボ』の続きが読みたい。 その2
に続きます。
登録:
投稿 (Atom)