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2013年11月16日土曜日

物語ることでしか語ることのできない何か



If you really want to hear about it, the first thing you'll probably want to know is where I was born, and what my lousy childhood was like, and how my parents were occupied and all before they had me, and all that David Copperfield kind of crap, but I don't feel like going into it, if you want to know the truth.


―The Catcher in the Rye   J. D. Salinger




 こうして話を始めるとなると、君はまず最初に、僕がどこで生まれたとか、どんなみっともない子ども時代を送ったかとか、僕が生まれる前に両親が何をしていたかとか、その手のデイヴィッド・カッパ―フィールド的なしょうもないあれこれを知りたがるかもしれない。



―『キャッチャー・イン・ザ・ライ』  J・D・サリンジャー  村上春樹,訳








This is a memoir これはメモワールである 

と語り始められるジョン・アーヴィングの短編小説『ピギー・スニードを救う話』。

アーヴィングはチャールズ・ディケンズ的な誰がどこで生まれてどのように死んだかということを長大にそして細部にわたって描くことで(一度でも読んだことのある方はご存知の通り)物語の復権を目指した。



その文末にはこうある。



"Johnny, dear," she said. "You surely could have saved yourself a lot of bother, if you'd only treated Mr. Sneed with a little human decency when he was alive." Failing that, I realize that a writer's business is setting fire to Piggy Sneed-and trying to save him-again and again; forever.


―Trying to Save Piggy Sneed  John Irving





「おやおや、ジョニー。だからスニードさんが生きてた時分に、もうちょっと人間らしい扱いをしてやってれば、そんな面倒くさいことをしなくてもよかったろうに」
 それができなかった私は、いまにして考える。作家の仕事は、ピギー・スニードに火をつけて、それから救おうとすることだ。何度も何度も。いつまでも。



― 『ピギー・スニードを救う話』    ジョン・アーヴィング  小川高義,訳





救いのない事実に対し、物語ることで救済を見出す。
物語が持つ力の真髄だと思います。


練りこんだプロット、飲み込みやすい起承転結、小気味のいいリズム、事実に基づいた感動話、 的なしょうもないあれこれを知りたいわけではない。
圧倒的なフィクションから語られる物語に接したい。





たとえばフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。

複雑で長大な総合小説の最高峰に位置する作品。

すらすらとは読み進まない内容を読みきった後には「そうか、いわゆる愛とは人間愛とは物語ることでしか語ることのできないものなんだ」という読後感が残る。


物語ることでしか語ることのできない何か、を我々は語っているのか。

物語ることでしか語ることのできない何かが描かれている小説、映画、絵画、舞台演劇に接しているのか。




映画『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』もそうでした。

喩えてみて物語ることでしか語ることのできない事実。

海難事故に遭い、少年パイと母親、そして貨物船のコックと仏教徒の船員。


貨物船のコックは仏教徒の船員と母親を殺し、少年パイは貨物船のコックを殺す。

そして何もかもを食糧にしなければ生き延びることができない容赦のない現実に遭遇した少年パイは、オランウータン、ハイエナ、シマウマ、ベンガルトラを登場人物に仕立て、物語ることでしか語れない227日の出来事を語る。












想像を基にしたフィクションで綴られる物語を描くことが難しくなっている。圧倒的な事実があるのならそれを基にしたドラマのほうがより人々の心に届くのではないか、と。


文責という言葉があるとおり、描く物語にも常に責任は伴う。


極限まで飢えた人々に、すべてを飲み込む津波にあった人々に、最愛の人を亡くした人々に、抱えきれない現実に打ちのめされた人々に、そういう人々こそ“物語ることでしか語ることのできない何か”を持っている。そういった物語を描きたい。






2011年12月24日土曜日

神田川 10000m

12月24日 

いつものジョギングコースを10500m走る。

タイムはだいたい50分でした。

ということは1kmを5分。 そんな早いペースで走ってたのかな。 ひょっとして1周(1500m)間違ってカウントしてしまってたのかもしれません。




12月24日


もちろん、前提として、僕の目が曇っていて、さらに歪んでいるからなのだろうけども、街を歩く男女二人の姿を見ると思わず笑ってしまう。


クリスマスというボールを手にした投手が、大げさなモーションで振りかぶって、そおっとストライクを置きにいっているように見える。


笑ってしまっていて「いや待てよ」と考える。

1年365日、すべての日において街中で歩く男女二人の姿を見ることができるはずだ。

なぜ、この日だけどこか可笑しげな光景に見えるのだろう。


答えは着飾り感だと思います。

肩に力が入っちゃって、背伸びもして、この日に挑んでいる、という様子が見て取れるからだろうと。



(実年齢はともかくとして精神的に)若い人に多く見られるようです。

自然体でいいのにね、と思える日は彼ら彼女らに来るのだろうか。

それとも、それらも含めて特別な日として楽しんでいるのだろうか。






僕には特別な日を特別視することを嫌う友人がいます。

彼いわく、誕生日だとかクリスマスだとか、決まった日、決まったタイミングで何かを祝うのはそれ以外の日をおろそかにしている、のだと。

平和と安定を好み、波風を嫌う女性にとっては面倒極まりないことかもしれませんが、すべての日が特別なんだよという彼の主張は「なるほど、そうか」と思える部分がないわけではない。


その友人のもうひとつの特徴として、彼が誰かのエピソードを話すとき、それらすべてがコテコテの関西弁になる、というのがある。

関東出身の後輩のエピソードであろうと、チャイニーズ系の女の子のエピソードであろうと、彼が再現するとコテコテの関西弁を喋っている体になる。


「いや、実際はそんな風には喋ってないよね。モノマネしてくれとまでは言わないけれど、せめて少し寄せる努力があってもいいんじゃない」と思うが、彼が育った大阪の土壌というのは彼自身の中に深く強く根付いているので、そこを否定すると彼を否定してしまうことになるのかなと思って言わないでいる。

そのほうが良いとは思うけれども、笑いを交えて言ってしまう。






という思いが交錯している街中。


本屋に立ち寄るとそこにはジョン・アーヴィングの新著がありました。















「oh my (god)」

冗談でもなんでもなく思わず声に出てしまいました。


ジョン・アーヴィングの新著。

出すんだ。

また読めるんだ。







生きてみるもんです。

2011年12月18日日曜日

神田川 7500m

夏の走りこみが足りなかったのか、最近なまくら身体になっているような気がします。


なので、近くの川沿いの道を7.5km走りました。


以前住んでいたところの近くには新中川という川があって、その川沿いの道を虎ならバターになるくらいグルグルと同じところを回っていました。

空が抜けるように広がり、季節によって違う水鳥の姿が見える素晴らしいジョギングコースでした。





今は歌にもなっている神田川。

普段は水量が極端に少ないのに、雨が降ると見るのが怖いほど本気の濁流と化します。

空は、広いとは言えず、水鳥はマガモの親子がいたりいなかったり。









日常的に走ることのない人には理解されないことですが、走るとき、寒さ暑さはあまり関係ありません。
どんなに寒くても2kmも走れば汗が出るほど身体は温まります。逆に、暑いときは流れる汗の心地よさを全身で感じるだけです。




村上春樹さんも言っておられますが、走るのは“シューズと道路さえあれば、いつだってどこだって簡単にできる”と。








まさにそのとおりで、思い立って、それを行動に移せばいつだってどこだって走ることができます。

そして楽しい。

素晴らしいことではないでしょうか。




その後ろのほうのページにスカッシュをしていて肉離れをしたエピソードがあります。

そして、元巨人軍監督(ふと思いましたがなぜ巨人というチームにだけ軍がつくのでしょうか?ヤクルト軍、ソフトバンクホークス軍とは言いませんよね。)長島茂雄氏は肉離れのことを「ミート・グッドバイ」と呼んだというエピソードにつながる。

その後の記述。


ほんとかなあ、いくらなんでもそこまで・・・・・・とは思うんだけど、ひょっとしたら本当かもしれない。たとえ本当ではないとしても、まあいいじゃないですか。僕らはみんな、何か生きるよすがになるような、明るい前向きの神話を必要としているのだから。



ジョーゼフ・キャンベルです。







思わず笑ってしまったけども、そうか、そうかもしれないな、と思わせる記述があるのが村上春樹さんのエッセイの特徴です。

古代ギリシャ人にとってホメーロスの叙事詩が重要であるのと同様に、僕にとって『シドニー!』は重要な意味合いを持つ中身がないようで余りある優れたエッセイのお手本のような著作です。










時代や国を超えて語り継がれる神話は人類の元型になっているのかもしれない。だからこそ、物語は人の心に浸透し、感情を揺さぶり、時にはその人格さえも変えてしまう。


たとえば原発事故、あれほどのことがあっても私達の心のどこかに「この危機を解決してくれる英雄がひょっとしたら現れるのかもしれない」と思う部分があるとすれば、それは神話に出てくる英雄像が元になっている。

そういった楽観的な考えは心を救ってくれるかもしれないが、地球に起こっている現実は救えない。


大気と海はおびただしく汚染され、そこに生きるすべての生物の体内には毒性の物質がたまり、それは食物連鎖で循環していく。



でも、まあ、アメリカ経済が深い沼の中心に沈み、欧米やアジアの諸各国を引きずり込んでいる世界経済。そこには避けることのできない大きな歪みがあり、軋轢があり、先行き不透明な強い不安感がある。

そんな現在にこそ『何か生きるよすがになるような、明るい前向きの神話が必要』なのかも。







と、まあそんなことを考えたりもしながら(何も考えなかったりもしながら)の今日のジョギングでした。

2011年8月20日土曜日

キューバ・リブレとかマイタイとか

 

 


つがいのダチョウを自宅で飼うためには の追記です。


ちなみに「つがいのダチョウを自宅で飼うためには」
とは、雑誌「アンアン」にて連載が再開された村上春樹さんのエッセイ『村上ラヂオ』の中にある「パーティーが苦手」から。


パーティーが大の苦手であるという内容に始まり、「これなら暗いじめじめした洞穴の奥で巨大カブトムシと素手で格闘していた方がまだましだと思う」とまであります。


その後に、村上春樹さんが考える理想的なパーティーの描写が続く。


人数が十人から十五人。物静かな声で語り合い、誰も名刺の交換なんかせず、仕事の話もせず、部屋の向こうでは弦楽四重奏団がモーツァルトを端正に演奏し、人なつっこいシャム猫がソファで気持ちよさそうに眠り、おいしいピノノワールの瓶が開けられ、バルコニーからは夜の海が見渡せ、その上に琥珀色の半月が浮かび、そよ風はどこまでもかぐわしく、シルクフォンのドレスを着た知的な美しい中年の女性が、僕にダチョウの飼い方について親切に丁寧に教えてくれる。

「つがいのダチョウを自宅で飼うためにはね、村上さん、少なくとも五百平米の敷地が必要とされます。塀は二メートルの高さがなくてはなりません。ダチョウは長命な動物で、八十歳をこえていきることもあり……」

といった風に。


つがいのダチョウの飼い方を教えてくれようとするシルクフォンのドレスを着た知的な中年の女性。これはもちろん村上さんの創作したキャラクターだと思います。でも、どこか現実味(まったくないわけではないだろうという雰囲気)を帯びていてそれでいてミステリアスな存在。


そんなパーティーがあるなら僕だって参加したい。
おいしいピノノワールだって飲みたい。



毎年行われるバーベキューがとりやめになり、何の予定もない4日間を埋めるべく知人に「静かで落ち着けるところを知りませんか?」と聞いたところ、新潟県にある貝掛温泉は無音で人も少ないと。


もちろん、4日もあるんだから、いっそのことハワイとか、それこそカリブ海とかに出かけて、ビーチボーイズの曲なんか聴いちゃって、キューバ・リブレとかマイタイとかトロピカルなカクテルなんか頼んじゃったりしてもよかったんです。








実際に行ったとしましょう。カリブ海だとかに。

輝く太陽の下、ビーチチェアーでくつろいで、フィッツジェラルドの短篇集なんかを読みながらトロピカルなカクテルを飲む。

そして、夢のようなサンセットを見る。






人によって旅に求めるものは違います。


このときの僕が旅に求めていたものは、完全に近い静寂と、自然に囲まれた心地よい空間、そして旅先で起こる予定調和を超えたハプニング。

旅先では日常のルーティンにはない「もしもあの時こうしていれば」といった出来事が高い可能性で起こる。すべてが一期一会でその瞬間瞬間の判断によってその後は変化していく。





東京都から貝掛温泉まで、ナビで調べると190kmある。

確かに魅力的な温泉地ですが、190km。

時速60kmで走り続けたとしても3時間超かかる。

金曜日の仕事を終え(そう金曜日の夜に出発しようとしていました)、身体の疲れはエマージェンシーランプが点灯するくらいでした。


どうせ新潟県に行くのなら、前々から行きたかった新潟県村上市にも行きたい。
海もあるし、山もあるし、川もあるし、うまいと評判の地酒〆張鶴もある。


村上市までナビで調べると、370km。

370km。



いいや。考えても始まらない。とにかく向かおう、と車を動かしたのが金曜日の23時ころ。

高速道路の運転は、早く着くかもしれませんが、とにかく退屈なので一般道路で行くことに。










道中、バズ・ラーマン監督作品、ニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマンが出演している映画『オーストラリア』を流しながら。



浮いて見えるコミカルな演出と、冗長と言い換えることもできるスペクタクルな感じが長い運転を中和させてくれました。








そして、(ナビとともに少し迷子になりながらも)着きました。


貝掛温泉。 奥湯沢。





昼(朝?)に入る露天風呂は素晴らしいものでした。

この貝掛温泉は、かの武田信玄公が隠し湯として利用していたとされ、眼病にとても効能がある湯であるという。


真上に昇ろうとする太陽に照らされながら熱い湯につかる。

じつは、広い露天風呂の湯は温度的にとてもヌルかったんですが、少し奥行ったところに小さな湯だまりがあり、遠慮勝ちな看板に「熱い」の文字がかかれてありました。
その湯に入ってみると「ほんとだ!」と声に出すほど熱い。ですが、その熱さが運転で疲れた身をほぐしてくれました。


熱くあってこその温泉。
周りに喧騒はなく、風が木々を揺らす音さえも静かに山にとけ込んでいく。





音のある静寂と心地よい空間をあとに村上市に向かうことにしました。

どうしても陽のあるうちに着きたかったので村上市までは高速道路を使って行ったんですが、やはり退屈です。景色が変わらない。ただただ惰性で運転している。

そんな運転をしているときにかけていたのが『マーヴィン・ゲイ・アンソロジー』





高速道路を運転するときは80年代のベタな音楽が気分に合います。

ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースとか





38スペシャルとか







改めて知ったんですが、高速道路のほうがガソリンを消費するんですね。見る見るうちにメーターが減っていったので慌てて給油しました。

もしあんなところでガス欠にでもなっていたら・・・。



奥湯沢から出発し、渋滞もなく、およそ3時間ほどで村上市に着くことができました。

市内に入ってから海岸沿いの道路に向かうことに。

海沿いの道を運転して心躍るのは、それまで山あいばかりの景色だったところに真っ青で広大な海が一気に視界に飛び込んでくるときではないでしょうか。

そういった海岸的な瞬間にどれだけ出会うかで感性の豊かさが大きく左右されていくのかもしれません。








海ってやっぱりいいですよ。

そして、新潟県村上市の海の透明度に感動しました。
地球温暖化の影響があるのか、藻が多いものの海水そのものはご覧のとおりです。








もうすでにお気づきの方もおられるかも知れませんが、この奥湯沢経由、村上市への旅。まったくの単独行動でした。

一人でカラオケに行ったり、一人で焼肉に行ったり、普通は誰かと一緒に行くものでしょう、という固定観念がなくなりつつある昨今に行われた一人ニイガタ。



数年前、一人で富山県の海で泳いでいたとき、地元のおじさんに「一人で来たのか、溺れないように」と危ぶまれたことがあります。

なので今回は不審者には見えないよう(釣竿というアイテムを持っているだけで長時間防波堤にいても不審に思われないんです。知ってましたか?) 心がけました。

そんな心がけをよそに、地元の人だろう人から気さくに話しかけられることが多々あり、「いいところだな村上市」と印象バロメーターは上がりっぱなしでした。




日光浴とともに読もうと、持って行った本があったのですが、それがこの本。




『未亡人の一年』
ジョン・アーヴィング著、です。

単に読みかけだったのか、なぜこの本を持った行ったんでしょう?

村上市と未亡人、何の関連性もありません。


一人の人間が生まれてから死ぬまでの物語を圧倒的であり病的なまでに細かいディティールを織り交ぜて描く、現代文学の中でも稀有なストーリーテラーがジョン・アーヴィングです。


映画『ドア・イン・ザ・フロア』の原作本である小説です。





物語は四歳のルース・コールが物音で目を覚まし、母親のマリアン・コールの寝室に行くところから始まる。そしてそこでルースは母親と、父親の助手として働いていた十六歳のエディ・オヘアが寝ているところを目撃する。


四歳のルースは幼すぎて、エディや彼のペニスをはっきりと覚えていなかった。だが彼のほうはずっと覚えていた。三十六年後、彼が五十二でルースが四十になったとき、この不運な若者は、ルース・コールに恋することになる。しかしそのときでさえ、彼はかつてルースの母親と寝たことを後悔はしなかった。いや、これはエディの問題だった。ルースの話にもどろう。


という描写につながる。




本から目を離し、海を見ると







じつに見事な夕日がそこにはありました。

いったいなぜイカ墨で挿絵を描く絵本作家が出てくる小説を読んでいたのだろう。

目の前で刻一刻と変化していく夕日を眺めることに。


日が完全に落ちてしまうとそこはシャットダウンされたかのように夜になります。



村上市内を運転していて気づいたことはパトカーを一台も見かけなかったことです。

ただの一台も。それだけ治安が良いのでしょう。
だからあんなに多くの人が気さくに話しかけてくれたのか、と思いました。





そのあと、沖合いのテトラポットの向こう側で泳ぐイシダイの群れを(本当に海が透明でした)見たり、焼けすぎた肌がマグロの血合いの部分のような色になったり、近年まれに見る無愛想な釣具屋の女亭主に出会ったり、といった「デイヴィッド・カッパフィールド的なしょうもないあれこれ」(キャッチャー・イン・ザ・ライ)があったりもしたんですが、それは省略して。




帰路はすべて一般道路を使って帰ることにしました。


370km。 結果7時間ほどかかることに。
色んな音楽を聴きながら運転していたのですが、370kmという長い距離の中、いちばん心に響いたのはこの一曲でした。






ルシンダ・ウィリアムス(Lucinda Williams)というシンガーソングライター。

カントリーやブルーグラス、ブルース、ロックを混ぜこぜにした印象です。


TIME誌は彼女のことを「America's best songwriter」と評したという。





この曲、聴いていると、地平線に続く長い道のりが見えてきませんか?

ささくれていていても、酒に溺れていても、ぼろぼろになっていても、全米のライヴハウス(とも呼べないような小屋も含めて)を年中かけて回る光景が目に浮かぶ。

行く先々ではさまざまなことが巻き起こり、それらすべてを飲み込み続けた結果に出てくるような歌声が「本当に」長い時間運転している自分に重なる。







途中、あまりの空腹に耐えかねてどこかで食事をすることに。

何を食べようかと思っていた頭に浮かんだのは、旅先でしか出会わないであろう「食事処」でした。
それこそ小屋のような店構えで、看板にはジャンル無視の「ラーメン カツ丼」とあるような。





ありました。奇跡のようにイメージどおりの店が。

その店で(また嘘のようなメニュー)ラーメンとミニカツ丼を食べる。



そしてそこにはトラックの運転手がいたり、少々のことでは折れたり崩壊しないスタミナに満ちた家族がいる。





ルシンダ・ウィリアムスの世界に迷い込んだような。





2011年8月11日木曜日

ニューヨーク、2番街のフランク・シナトラ

今現在、ニューヨーク2番街では新しい地下鉄開通のため大規模な工事が行われています。
(完成予定は2015年とも2017年とも言われている)


その工事のため、騒音があったり、渋滞が起きたり。

そんな都会のストレスフルな環境を少しでも和らげようと一人の工事現場のおじさんが行動を起こしました。



おじさんの名前はゲイリー・ルッソ(Gary Russo)さん50歳。

 

 

 

最初はとても緊張したんだよね。でも、初日に一人の人が笑顔を見せてくれたんだ。 

そしたらそれが二人になって、五人、十人となったんだ。

スマイルって素晴らしいものなんだよね。

でも、笑顔になるならないに関わらず、内側から良い気分を与えてくれるものになるだろうことを信じて。

 

 

 

彼の行動は話題になり、毎日ランチタイムには自宅から持って来たiPodとマイマイクを手に歌う。

時には同じ工事現場の仲間と、時にはたまたま道を通りかかった人たちと。


歌う彼の横にはこんな一枚の紙が。

 


騒音だとか、渋滞だとか、地下鉄工事のことだとか、全てを忘れて音楽を楽しもう。

安全ヘルメットとマイクを持って。

2011年7月10日日曜日

つがいのダチョウを自宅で飼うためには

年に一度、地元の友人たちと山間の川辺に出かけてバーベキューをするというのが恒例行事となっている。


前日の夜に皆で集まって買出しをして、車で二時間ほどかけて現地に向かう。

着いたときはまだ暗く、不安定な足下に注意しながらテントやバーベキューコンロや驚くほど多量のビールが入ったクーラーボックスを手分けして運ぶ。

テントを組み立て、炭に火をいれ、ほぼ準備できたころになると、ようやく辺りが明らんでくる。


気の早い男連中は(僕も含む)クーラーボックスから冷えたビールを取り出しプシッっと開けて飲む。

このビールが本当にうまい。


鳥の鳴く声と風が木々の間を通り抜ける音しかしない山あい。時間にして6時か7時くらいだろうと思って時計を見るとまだ4時台だったりする。








もうそろそろこのバーベキューの時期になるけれど、今年はどうも取りやめになるみたいだ。
(人にはそれぞれの事情がある)


いちおうスケジュールを空けておいたので、ぽっかりと何の予定もない四日間ができてしまった。



ではいっそのこと海外に行こうと、ハワイ、韓国、台北、ニューヨークの旅行チラシを前にしていろいろと考えをめぐらしてみた。

街中にあふれ返る大勢の人たちと、どこにでも付いて回るありとあらゆる観光産業、拝金主義を土壌として育った薄っぺらなステイタス・・・




吐き気とめまいがしたので近くのレストランに入ってビールを飲んだ。



望むのは極端なまでに人の気配がしないところ。水辺があればなおいい。



本を読みながら考えていたのだが、そのときに読んでいたのが



『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』





その中にあった「最近買ったものの中では、ナイキのランニング用のヘッドフォンがいちばんのすぐれ物でした。」

これはどれなんだろう。





これなのかな。




はたまたこれなのか。





また、別のページでは「デレク・トラックス・バンドの新しいCDをよく聴いています。歩きながら。いいです。」とある。




おそらくこれのことだと思う。










すごく静かなところで水辺に座り、読みたい本を読んで余暇を過ごす、ことになるだろう連休。

どうなるのか。

2011年6月5日日曜日

『ハリス・バーディックの謎』

『ハリス・バーディックの謎』(『THE MYSTERIES OF HARRIS BURDICK』)という本があります。







著者はアメリカのミシガン州に生まれたイラストレーターであり絵本作家であるクリス・ヴァン・オールズバーグ。



映画化された『ジュマンジ』や




『ポーラー・エクスプレス』の原作者でもあります。










『ハリス・バーディックの謎』という本、絵本といえども内容はとても変わった構成になっています。
日本語に翻訳したのは村上春樹さん。


ページを開けば左に短い文章が。

そして右には一枚の絵が。



文章は絵のことを指し示し、絵は文章で動き出す。






本の冒頭にはこんな一文が。




はじめに


 この本に収められた絵を私が初めて見たのは一年前のことである。場所はピーター・ウェンダーズという人物の家だった。ウェンダーズ氏は今ではもう引退しているが、当時は児童書専門の出版社に勤めていた。本にするためのお話と絵を選ぶのが彼の仕事だった。

 三十年前に、一人の男がピーター・ウェンダーズの会社を訪れた。男はハリス・バーディックと名乗った。バーディック氏はこう語った。私は十四のお話を書き、そのひとつひとつの為に沢山の絵を描きました。今日は見本としてお目にかけようと思って、一冊につき、絵を一枚だけ持参しました、と。

 ピーター・ウェンダーズはそれらの絵にすっかり魅了されてしまった。これらの絵についている話の方を一刻も早く読みたいものですな、と彼は言った。それでは明日の朝に原稿を持って参りましょう、と画家は言った。彼はその十四枚の絵をウェンダーズのところに置いていった。でも翌日、彼はやって来なかった。その翌日も現れなかった。ハリス・バーディックの消息はそよとも知れなかった。何年にもわたって、ウェンダーズは調べてまわった。バーディックとはいかなる人物であり、ハリス・バーディックは完全なる謎の人物のままである。

 彼の失踪だけが、あとに残された謎ではない。これらの絵についていたお話というのはいったいどういうものだったのだろう?そこにはいくらかのヒントはある。バーディックはそれぞれの絵に題名と説明文をつけている。私がピーター・ウェンダーズに、絵と説明文を見れば話というのは自然に浮かんでくるものじゃないですかと言うと、彼はにっこりと微笑んで、部屋から出ていった。そしてほこりのかぶった段ボールの箱を持って戻ってきた。その中には何十ものお話の原稿が入っていた。どれもみんなバーディックの絵について触発されて書かれたものだった。それらは何年も前にウェンダーズの子供たちや、その友人たちによって書かれたのだ。

 私はそれらの話を読んでみた。みんな立派な出来だった。あるものは風がわりだったし、あるものは滑稽だったし、あるものは真剣に怖かった。他の子供たちも同じようにこれらの絵に触発されることを希望しつつ、ここに初めてバーディックの絵を複製出版するものである。

クリス・ヴァン・オールズバーグ
ロード・アイランド プロヴィデンス








たとえばこの一枚。



左のページにはこうあります。





天才少年、アーチー・スミス

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小さな声が言った、

「あの子がそうなのかい?」





その右ページには、













また別のページには、






七月の奇妙な日



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彼は思い切り投げた。
でもみっつめの石は跳ねながら戻ってきた














そしてまた別のページには、



招かれなかった客



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彼の心臓はどきどきしていた。

ドアの把手はたしかに回ったのだ。












さらに、













七つの椅子



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五つめは結局フランスでみつかった。











題名と、ごく短い文章でミステリアスな物語が想起され、緻密に描かれた絵によって物語の謎はさらに倍化し、複雑化していく。










最近、これによく似た構造のものを見つけました。





地獄のミサワの「女に惚れさす名言集」





地獄のミサワという漫画家による「かっこいい男子達が言う女に惚れさす名言」とはこんなものがあるのではないだろうか、という問題提起。

いや、怠惰に生活する我々に対する警鐘なのかもしれません。






まずは、実際のところマジ痛いんだけれど、それを我慢できてるって俺、かっこいいだろう、てか女惚れるだろう、と思ってそうな男子(吉岡)が現れます。







惚れさせ6 「怪我」






痛みをこらえる右腕の震えが惚れる所以ですね。



吉岡くんは次にこんな目にも遭いますが、痛くないんです。




惚れさせ53 「犬」



さらに、



惚れさせ90 「家までは我慢」







惚れさせ128 「超痛い」

 

 

 

惚れさせ166 「入った」

 

 

 

惚れさせ181 「小指」

 

 

 

どぉーりでジンジンして紫色化していくわけだ・・・

 

 

 

惚れさせ226 「今回はたまたま刺さっちゃったけど」















他に、あのジョニー・デップに激似な男(桜井)が現れます。


惚れさせ143 「意識」






惚れさせ186 「確認」





惚れさせ213 「パイレーツ」






惚れさせ231 「センスも」





惚れさせ245 「俺に似合う服」





似合う?じゃあ俺にも似合うか・・・




惚れさせ262 「責められて」






惚れさせ339 「ハリウッド」

 





惚れさせ371 「席」







惚れさせ398 「申請」






惚れさせ437 「もうそんなになるかー」






惚れさせ530 「半分」











俺と言ったらイタリアだろう。イタリアといったら惚れるだろう。
そんな男(ミラージュ)の場合。


惚れさせ22 「待ち合わせ」




惚れさせ33 「形」





惚れさせ91 「うなずき」







惚れさせ104 「イタリア訛り」







惚れさせ205 「パンナコッタ」





惚れさせ219 「見たことない料理」







惚れさせ273 「急に言われても」














若さにこだわる男(あつしさん)の場合。


惚れさせ494 「聞いたよ」





惚れさせ549 「話の腰折るけど」





惚れさせ550 「なるほど」







惚れさせ597 「もっと」





惚れさせ598 「もっと」
















ネイティヴな発音にこだわる男(時任)の場合。


惚れさせ200 「マクドナルド」





惚れさせ214 「シルバニアファミリー」





惚れさせ269 「2の段」





惚れさせ324 「フォー」






惚れさせ330 「ワー!」







ワー! じゃねえよ。