2010年10月25日月曜日

ちなみに原文はこう。

としょかん通信: 長いお別れ




 清水訳『長いお別れ』と村上訳『ロング・グッドバイ』で最も違うところは台詞だというのが多くの読者の声のようです。

 映画字幕翻訳家でもある清水さんは色んなところをすっ飛ばして翻訳し、小説家である村上春樹さんは原文に忠実に翻訳している。



 たとえば、第34章の冒頭はこう違う。


(清水俊二訳)
 街道から丘の曲がり角までの舗装が破損している道が真昼の暑さのなかで踊って、両がわの乾ききった土地に点在しているくさむらが埃を浴びて小麦粉のように白くなっていた。草の匂いがむっと鼻について、吐き気を催しそうだった。なまあたたかい風がかすかに吹いていた。私は上衣を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげていたが、車のドアが熱くなっているので、腕をやすませることもできなかった。かしの木立ちにつながれた馬がものうげに仮睡(いねむり)をしていた。褐色の皮膚の道路を横ぎってころがってきて、地面から岩が露出しているところでとまり、いままでそこにいたとかげが少しも動いた様子がないのにいつのまにか見えなくなった。



(村上春樹訳)
 ハイウェイから降りたあとの、丘の曲がり口まで続く未舗装道路は、正午近くの暑気に踊るように揺れていた。道路の両脇の太陽にあぶられた土地には、低木が散在していたが、花崗岩の粉塵を浴びて見事に真っ白になっていた。草いきれの匂いは吐き気を誘うほどむっとしている。微かに吹く風は熱く希薄で、とげとげしさがあった。私は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げていたが、ドアは熱すぎて腕を置くこともできなかった。繋がれた一頭の馬が、樫の木立の下でくたびれきったようにまどろんでいた。肌の浅黒いメキシコ人が地面に座り、新聞紙に包まれた何かを食べていた。枯れ草のかたまりが風に吹かれて大儀そうに転がり、道路を横切っていった。それが剥き出しになった花崗岩にぶつかって止まると。そこにいた一匹のトカゲが一瞬間を置いてから、動いた気配もなくさっと消えた。




 ちなみに原文はこう。

The stretch of broken-paved road from the highway to the curve of the hill was dancing in the noon heat and scrub that dotted the parched land on both sides of it was flour-white with granite dust by this time.The weedy smell was almost nauseating. A thin,hot,acrid breeze was blowing.I had my coat off and my sleeves rolled up,but the door was too hot to rest an arm on.A tethered horse dozed wearily under a clump of live oaks.A brown Mexican sat on the ground and ate something out of a newspaper.A tumbleweed rolled lazily across the road and came to rest against a piece of granite outcrop,and a lizard that had been there an instant before disappeared without seeming to move at all.