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2011年12月18日日曜日

神田川 7500m

夏の走りこみが足りなかったのか、最近なまくら身体になっているような気がします。


なので、近くの川沿いの道を7.5km走りました。


以前住んでいたところの近くには新中川という川があって、その川沿いの道を虎ならバターになるくらいグルグルと同じところを回っていました。

空が抜けるように広がり、季節によって違う水鳥の姿が見える素晴らしいジョギングコースでした。





今は歌にもなっている神田川。

普段は水量が極端に少ないのに、雨が降ると見るのが怖いほど本気の濁流と化します。

空は、広いとは言えず、水鳥はマガモの親子がいたりいなかったり。









日常的に走ることのない人には理解されないことですが、走るとき、寒さ暑さはあまり関係ありません。
どんなに寒くても2kmも走れば汗が出るほど身体は温まります。逆に、暑いときは流れる汗の心地よさを全身で感じるだけです。




村上春樹さんも言っておられますが、走るのは“シューズと道路さえあれば、いつだってどこだって簡単にできる”と。








まさにそのとおりで、思い立って、それを行動に移せばいつだってどこだって走ることができます。

そして楽しい。

素晴らしいことではないでしょうか。




その後ろのほうのページにスカッシュをしていて肉離れをしたエピソードがあります。

そして、元巨人軍監督(ふと思いましたがなぜ巨人というチームにだけ軍がつくのでしょうか?ヤクルト軍、ソフトバンクホークス軍とは言いませんよね。)長島茂雄氏は肉離れのことを「ミート・グッドバイ」と呼んだというエピソードにつながる。

その後の記述。


ほんとかなあ、いくらなんでもそこまで・・・・・・とは思うんだけど、ひょっとしたら本当かもしれない。たとえ本当ではないとしても、まあいいじゃないですか。僕らはみんな、何か生きるよすがになるような、明るい前向きの神話を必要としているのだから。



ジョーゼフ・キャンベルです。







思わず笑ってしまったけども、そうか、そうかもしれないな、と思わせる記述があるのが村上春樹さんのエッセイの特徴です。

古代ギリシャ人にとってホメーロスの叙事詩が重要であるのと同様に、僕にとって『シドニー!』は重要な意味合いを持つ中身がないようで余りある優れたエッセイのお手本のような著作です。










時代や国を超えて語り継がれる神話は人類の元型になっているのかもしれない。だからこそ、物語は人の心に浸透し、感情を揺さぶり、時にはその人格さえも変えてしまう。


たとえば原発事故、あれほどのことがあっても私達の心のどこかに「この危機を解決してくれる英雄がひょっとしたら現れるのかもしれない」と思う部分があるとすれば、それは神話に出てくる英雄像が元になっている。

そういった楽観的な考えは心を救ってくれるかもしれないが、地球に起こっている現実は救えない。


大気と海はおびただしく汚染され、そこに生きるすべての生物の体内には毒性の物質がたまり、それは食物連鎖で循環していく。



でも、まあ、アメリカ経済が深い沼の中心に沈み、欧米やアジアの諸各国を引きずり込んでいる世界経済。そこには避けることのできない大きな歪みがあり、軋轢があり、先行き不透明な強い不安感がある。

そんな現在にこそ『何か生きるよすがになるような、明るい前向きの神話が必要』なのかも。







と、まあそんなことを考えたりもしながら(何も考えなかったりもしながら)の今日のジョギングでした。

2011年6月12日日曜日

BIUTIFUL ビューティフル

  
 



ある場合には運命っていうのは、絶えまなく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている。





君はそれを避けようと足どりを変える。そうすると、嵐も君にあわせるように足どりを変える。君はもう一度足どりを変える。すると嵐もまた同じように足どりを変える。何度でも何度でも、まるで夜明け前に死神と踊る不吉なダンスみたいに、それが繰りかえされる。






なぜかといえば、その嵐はどこか遠くからやってきた無関係ななにかじゃないからだ。そいつはつまり、君自身のことなんだ。君の中にあるなにかなんだ。




だから君にできることといえば、あきらめてその嵐のなかにまっすぐ足を踏みいれ、砂が入らないように目と耳をしっかりふさぎ、一歩一歩とおり抜けていくことだけだ。




そこにはおそらく太陽もなく、月もなく、方向もなく、あるばあいにはまっとうな時間さえない。




そこには骨をくだいたような白く細かい砂が空高く舞っているだけだ。そういう砂嵐を想像するんだ。






映画『BIUTIFUL ビューティフル』公式サイト




 








 そしてもちろん、君はじっさいにそいつをくぐり抜けることになる。そのはげしい砂嵐を。形而上的で象徴的な砂嵐を。でも形而上的であり象徴的でありながら、同時にそいつは千の剃刀のようにするどく生身を切り裂くんだ。何人もの人たちがそこで血を流し、君自身もまた血を流すだろう。温かくて赤い血だ。君は両手にその血を受けるだろう。それは君の血であり、ほかの人たちの血でもある。
 そしてその砂嵐が終わったとき、どうやって自分がそいつをくぐり抜けて生きのびることができたのか、君にはよく理解できないはずだ。いやほんとうにそいつが去ってしまったのかどうかもたしかじゃないはずだ。でもひとつだけはっきりしていることがある。その嵐から出てきた君は、そこに足を踏み入れたときの君じゃないっていうことだ。そう、それが砂嵐というものの意味なんだ。




―「海辺のカフカ」より抜粋

2010年10月25日月曜日

ちなみに原文はこう。

としょかん通信: 長いお別れ




 清水訳『長いお別れ』と村上訳『ロング・グッドバイ』で最も違うところは台詞だというのが多くの読者の声のようです。

 映画字幕翻訳家でもある清水さんは色んなところをすっ飛ばして翻訳し、小説家である村上春樹さんは原文に忠実に翻訳している。



 たとえば、第34章の冒頭はこう違う。


(清水俊二訳)
 街道から丘の曲がり角までの舗装が破損している道が真昼の暑さのなかで踊って、両がわの乾ききった土地に点在しているくさむらが埃を浴びて小麦粉のように白くなっていた。草の匂いがむっと鼻について、吐き気を催しそうだった。なまあたたかい風がかすかに吹いていた。私は上衣を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげていたが、車のドアが熱くなっているので、腕をやすませることもできなかった。かしの木立ちにつながれた馬がものうげに仮睡(いねむり)をしていた。褐色の皮膚の道路を横ぎってころがってきて、地面から岩が露出しているところでとまり、いままでそこにいたとかげが少しも動いた様子がないのにいつのまにか見えなくなった。



(村上春樹訳)
 ハイウェイから降りたあとの、丘の曲がり口まで続く未舗装道路は、正午近くの暑気に踊るように揺れていた。道路の両脇の太陽にあぶられた土地には、低木が散在していたが、花崗岩の粉塵を浴びて見事に真っ白になっていた。草いきれの匂いは吐き気を誘うほどむっとしている。微かに吹く風は熱く希薄で、とげとげしさがあった。私は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げていたが、ドアは熱すぎて腕を置くこともできなかった。繋がれた一頭の馬が、樫の木立の下でくたびれきったようにまどろんでいた。肌の浅黒いメキシコ人が地面に座り、新聞紙に包まれた何かを食べていた。枯れ草のかたまりが風に吹かれて大儀そうに転がり、道路を横切っていった。それが剥き出しになった花崗岩にぶつかって止まると。そこにいた一匹のトカゲが一瞬間を置いてから、動いた気配もなくさっと消えた。




 ちなみに原文はこう。

The stretch of broken-paved road from the highway to the curve of the hill was dancing in the noon heat and scrub that dotted the parched land on both sides of it was flour-white with granite dust by this time.The weedy smell was almost nauseating. A thin,hot,acrid breeze was blowing.I had my coat off and my sleeves rolled up,but the door was too hot to rest an arm on.A tethered horse dozed wearily under a clump of live oaks.A brown Mexican sat on the ground and ate something out of a newspaper.A tumbleweed rolled lazily across the road and came to rest against a piece of granite outcrop,and a lizard that had been there an instant before disappeared without seeming to move at all.

2010年10月10日日曜日

長いお別れ




『長いお別れ』

著者,レイモンド・チャンドラー

訳者,清水俊二

出版社,早川書房



 1939年にデビューし、1959年に亡くなるまで小説を書いていたアメリカ合衆国シカゴ生まれの小説家レイモンド・チャンドラーの代表作。

 ロス・アンジェルスで私立探偵を営むフィリップ・マーロウを主人公としたシリーズ作品の中の一つ。

 窓際のブラインドが下げられ、煙草の煙がこゆらぐ室内。天井でカタカタと回るシーリング・ファン。そこを訪れる場違いな香水の匂いと高いヒールの靴音。室内にいるのは元地方検事局の捜査官のフィリップ・マーロウ。気に入らない仕事は決して引き受けず、厭世的で皮肉を混じらせたユーモアと孤独を好む男。

 時代が違えばいわゆる"ハードボイルド小説"と取られてしまうかもしれませんが、何事もひとくくりにはできなくなってしまった現在、この小説の真の棚分けは難しいのかも知れません。『ロング・グッドバイ』として新訳した村上春樹さんは『The Long Goodbye』を"準古典小説"と棚分けしています。


 フィリップ・マーロウの一人称の語りで物語は進む。その語りには厭世的で皮肉を混じらせたユーモアがあり、装飾に次ぐ装飾、喩えに次ぐ喩えの連続がある。

 たとえば、フィリップ・マーロウがバーで見かけた金髪の女性を一頁以上にわたって喩える語りがある。

 金髪の女は珍しくない。金髪ということばがしじゅう洒落や冗談につかわれているほどだ。どの金髪にもそれぞれの特色があった。ただ一つの例外は漂白した金属のような金髪で、その性格は舗道のように味わいがない。しじゅうおしゃべりをしている小柄で可愛い金髪もあるし、氷のように碧い瞳で男をよせつけない大柄でものものしい金髪もある。色あいがよく、きらきら輝いて、男の腕にすがることを慣わしとして、送って帰るときはいつも疲れきっている金髪もいる。いざとなると、ひどい頭痛がするといいはじめて、男はなぐりつけてやりたくなるのだ。もっとも、時間と金と希望をつぎこみすぎないうちに頭痛戦術がわかったことを喜ぶ男もいるだろう。頭痛はいつでも使える武器で、刺客の刃かルクレチア(ルクレチア・ボルジア)の毒薬のびんほどの効き目があるからだ。
 どんな男ともすぐしたくなる酒の好きな金髪もいる。彼女はミンクでさえあれば何を着ようと頓着をしないし、ガラスの天井の下でシャンペンが飲めればどんなところへでもよろこんでついてくる。いつでも友だちづきあいのつもりで、男に迷惑をかけたがらず、健康と常識を充分に持ちあわせていて、柔道にくわしく、《サタディ・レヴュウ》の社説を一行もまちがえずに覚えているというのに、トラックの運転手に背負い投げをくわせることぐらいは朝飯前だという元気のいい金髪もいる。命にはかかわらないがどうしても治らない貧血症のうすい、うすい金髪もいる。きわめて生気がなく、なんとなく影がうすく、どこでしゃべっているのかわからないような低い声でものをいい、だれも手を出すものはいない。一つには手を出す気になれないからであり、一つにはいつも『荒地』(T・S・エリオットの長詩)か原文のダンテを読んでいるか、カフカやキェルケゴール(デンマークの宗教思想家)を読んでいるか、プロヴァンス語を学んでいるからである。こういう女は音楽が好きで、ニュー・ヨーク・フィルハーモニックがヒンデミットを演奏しているとき、六人のコントラ・バスのうちの一人が四分の一拍子おくれたことを指摘してくれる。彼女のほかには、トスカーニも指摘できるそうだ。
 そしてさいごに、次々に結婚した三人のギャングの大親分が三人とも殺され、その後百万長者と二度結婚、一人から百万ドルずつもらって、アンチーブ岬(フランスの避暑地)のばら荘に住み、運転手と副運転手がいる"アルファ・ロミオ"をのりまわしている眼のさめるような金髪がいる。こういう女の邸にはいつも大勢の貴族くずれがあつまり、召使が老侯爵のまえに出たときのようにあしらわれている。
 向こうの端の"夢の女"はこれらのどの種類の金髪でもなかった。山にわきでる泉のように澄んでいながら、その色のようにとらえどころがなく、分類することがむずかしかった。私のひじのすぐそばで私に呼びかける声が聞こえたとき、私はまだ女の方を見つめていた。


 こういった装飾や比喩が読めるかどうかでレイモンド・チャンドラーが読めるかどうかが決まると思う。ただ、これほどまでに自己完結している小説は珍しいのではないでしょうか。




 あらすじは、とある日フィリップ・マーロウは、高級クラブの前に停められたロールスロイス社製のシルバー・レイスの車内でぐでんぐでんに酔っ払って眠っているテリー・レノックスと名乗る男と出会う。裕福というだけで何もかもを勝ち得たかのような気になっている女に無碍にあしらわれているテリー・レノックスにフィリップ・マーロウは好感を持ち、一宿一飯の面倒を見る。

 そのあと、フィリップ・マーロウとテリー・レノックスは何度かバー〈ヴィクター〉に出かけて、ギムレットを飲んだ。テリー・レノックスは自分を無碍にあしらった大金持ちのハーラン・ポッターの娘シルヴィアと再婚し、得るものを得て、失うものを失った。

 二人が会わなくなった一ヶ月の朝五時にテリー・レノックスはフィリップ・マーロウの自宅に突然現れる。その手には拳銃が握られていた。

 テリー・レノックスが何かしらの犯罪に関わっていると知りながらフィリップ・マーロウは彼を空港に送り、高飛びの手助けをする。そして、そのことで警察に引っ張られて留置所に入れられ手荒い事情聴取をされるが、フィリップ・マーロウは友人をひとかけらも売りはしなかった。

 屋敷の別館で浮気を繰り返していた妻を射殺し、青銅の猿の置物で顔の原型がなくなるまで殴った、というのがテリー・レノックスにかけられた容疑だった。どんなことがあろうともあの男にそこまで酷いことはできるはずがない、フィリップ・マーロウは固くそう信じていた。

 だが、テリー・レノックスは高飛びしたメキシコの田舎町オタトクランで拳銃自殺をした。フィリップ・マーロウに一通の手紙を残して。億万長者の娘の惨殺事件は、その犯人であろう夫の自殺によって半ば強制的に幕を閉じた。

 フィリップ・マーロウはこれ以上事件を大きくされたくない誰かに雇われた弁護士によって釈放され、メンディ・メネンデスというギャングのボスにレノックス事件から手を引けと脅される。


 常に何かがどこかで釈然としない中、アルコール中毒でありベストセラー作家でもあるロジャー・ウェイドの行方を捜して欲しいという依頼を(ロジャー・ウェイドの編集者であるハワード・スペンサーを通じて)妻のアイリーン・ウェイドから受ける。

 フィリップ・マーロウはアルコールに溺れ、自堕落な生活をするロジャー・ウェイドとテリー・レノックスの姿を重ねて見ていたのかもしれない。もぐりの医者をしているヴァリンジャーの下からロジャー・ウェイドを救い出し、湖岸に建てられた彼の家に送った。

 〈ヴィクター〉でギムレットを飲んでいたシルヴィアの姉リンダ・ローリングと出会い、彼女の夫であり医師であるエドワード・ローリングがアイリーン・ウェイドの主治医であり、医師による専門的な処方箋にしたがって彼女に麻薬性鎮静剤を瓶ごと与えていた。


 ロジャー・ウェイドの件を引き受けたとは言わないものの、ロジャー・ウェイドから(あるいはアイリーン・ウェイドから)呼び出されれば家まで出向き、面倒をみるようになる。




 だが、ロジャー・ウェイドもまた拳銃自殺した。

 確かにロジャー・ウェイドは何かに悩み苦しみ、それをアルコールで埋めようと飲み続けていた。泥酔し、朦朧とした意識の中で机の引き出しにしまってあった拳銃を取り出し、こめかみに当て、引き金を引く。しかしそれにしては不可解な死に方だった。


 ロジャー・ウェイドは酔っていよう酔ってなかろうと、常にタイプライターを叩いていた。だが、自分が死ぬという時なのに遺書のようなものを書き残してはいなかった。

 湖の水上を走るスピードボードの音が最も大きくなるタイミングで引かれた引き金。

 妻のアイリーン・ウェイドは鍵を忘れたと家の呼び鈴を鳴らし、さらにその日が召使の休日である木曜日ということも忘れていた。


 すじが通っていないことが多すぎた。そこには絡み合った事情があり、痴情があった。フィリップ・マーロウは最初から最後まで亡き友人にかけられた罪をはらすことだけを考え行動していた。












 清水訳『長いお別れ』と村上訳『ロング・グッドバイ』で最も違うところは台詞だというのが多くの読者の声のようです。

 映画字幕翻訳家でもある清水さんは色んなところをすっ飛ばして翻訳し、小説家である村上春樹さんは原文に忠実に翻訳している。



 たとえば、第34章の冒頭はこう違う。


(清水俊二訳)
 街道から丘の曲がり角までの舗装が破損している道が真昼の暑さのなかで踊って、両がわの乾ききった土地に点在しているくさむらが埃を浴びて小麦粉のように白くなっていた。草の匂いがむっと鼻について、吐き気を催しそうだった。なまあたたかい風がかすかに吹いていた。私は上衣を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげていたが、車のドアが熱くなっているので、腕をやすませることもできなかった。かしの木立ちにつながれた馬がものうげに仮睡(いねむり)をしていた。褐色の皮膚の道路を横ぎってころがってきて、地面から岩が露出しているところでとまり、いままでそこにいたとかげが少しも動いた様子がないのにいつのまにか見えなくなった。



(村上春樹訳)
 ハイウェイから降りたあとの、丘の曲がり口まで続く未舗装道路は、正午近くの暑気に踊るように揺れていた。道路の両脇の太陽にあぶられた土地には、低木が散在していたが、花崗岩の粉塵を浴びて見事に真っ白になっていた。草いきれの匂いは吐き気を誘うほどむっとしている。微かに吹く風は熱く希薄で、とげとげしさがあった。私は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げていたが、ドアは熱すぎて腕を置くこともできなかった。繋がれた一頭の馬が、樫の木立の下でくたびれきったようにまどろんでいた。肌の浅黒いメキシコ人が地面に座り、新聞紙に包まれた何かを食べていた。枯れ草のかたまりが風に吹かれて大儀そうに転がり、道路を横切っていった。それが剥き出しになった花崗岩にぶつかって止まると。そこにいた一匹のトカゲが一瞬間を置いてから、動いた気配もなくさっと消えた。



2010年8月20日金曜日

啓蒙かまぼこ新聞







著作『せんべろ探偵が行く』 で、千円でべろべろになるまで飲める店を紹介した中島らもさん。



2004年7月16日未明、神戸某所の飲食店の階段から転落して全身と頭部を強打。脳挫傷による外傷性脳内血腫のため神戸市内の病院に入院。
その後、意識が戻る事は無く、事前の本人の希望に基づき、人工呼吸器を停止。同月26日午前8時16分に死去。享年52歳。

中島らも - Wikipedia







(若さだけで生きていけると思っていた)ある日、酒を飲んで、翌朝目が覚めたら自宅だったことがあります。
店を出て、家にたどり着くまでの記憶が一切なく、よく帰り着けたなと「帰巣本能」でも働いたかと感心していたのですが、全身に強い痛みが。
見てみると体や顔に青アザを通りこえた黄色いアザがあった。(完全に細胞が死んでいる色だった)

どこでどうなったのかも記憶にない。



このことを思い出すとき必ず中島らもさんのことが頭を横切る。
もちろん直接は知らないし、著作や活動に詳しいというわけでもないけれど、このエピソード(酩酊状態で階段を転げ落ち、意識不明になり、そのまま、という)だけは強烈な印象を保ち続けています。


映画『リービング・ラスベガス』もそうですが、すぐにでもアルコールの依存から脱け出さなければ(ある程度の実感を伴う経験をした後、故人と同じようなことしてちゃ、後に生まれてきた意味がないでしょ)と強く思うほど「のめり込み度」が深すぎる。




そんな(どんな?)中島らもさんの著作『啓蒙かまぼこ新聞』の解説に村上春樹さんの名前が。




『中島らもとニュー・ウェストの抬頭』という題名で書かれた文章。日付は一九八六年九月とあります。ということは村上春樹さんが37歳の時に書いたということです。

文中にもありますが、長期の海外旅行前の忙しい最中に書いた、とあります。
1986年10月に村上春樹さんは日本を離れ、(結果三年間)ギリシャやイタリアなどで暮らし、『ノルウェイの森』、『ダンス・ダンス・ダンス』を執筆されていますから本当に直前のことだったようです。


いったい、どういう経緯で解説を書くようになったのかは分かりませんが、文中から察すると、「中島らもさんの書く文章に好意を持っている」、「村上春樹さんと中島らもさんの出身地が関西(阪神間型)ということが関係している」、「食べ慣れ親しんだ『かねてつのカマボコ』」がその理由として挙げられますが、本当のところはやはり分かりません。


ともかくも、
村上春樹さんが若いときに書かれた文章には、今の村上春樹さんからは出てこない特徴がいろいろとあって面白い。 ヘミングウェイの文章のことを「餃子食って寝っ転がってるみたいな文章」(『ウォーク・ドント・ラン』 詳細の記憶は曖昧です)だと表現したりだとか。

この『中島らもとニュー・ウェストの抬頭』には村上春樹さんの奥さんが(そして、その奥さんの妹さんも)登場します。

村上春樹さんの奥さんが登場するエピソードに外れなしだと僕は思っています。
ボヤキとケナシ役の奥さん、とステイ・クールを気取る旦那がやりとりする夫婦漫才みたいなんですよね。






そんな(一度も会ったことがない)中島らもさんの文章の魅力を村上春樹さんはこう書いています。

僕が中島らもの文章を好むのは、そういう「実在感の消し方」がわりに好きだからである。たぶんこの人には本質的なてれがあって、それでごく自然にこういう文章とか文脈で物事を処理しようという方向に流れていくのだろうと思う。僕は実際に中島らもに会ったことがないので、正確には何とも言えないのだけれど、たぶんそういう人じゃないかと思う。てれて、てれて、放っておくとそのままどんどん物事の泥沼的側面にはまりこんで抜けだせなくなるというタイプである。だから物事の本質を意識的に稀釈していくことで自己を救済しようと努めているのではないかという気がする。







『啓蒙かまぼこ新聞』

著者,中島らも

出版社,ビレッジプレス

2010年7月14日水曜日

『アンダーグラウンド』のあとのノート


 
 
  

 はじめに

 これは僕が村上春樹の著作『アンダーグラウンド』を読みかえしたことをきっかけに書こうと思って書いた文章です。ここを訪れた方がこの文章をどう読もうと、あるいは読まなかろうと、それは個人の自由であります。

 ですが、タイトルにありますように、やはり『アンダーグラウンド』を読み終えてから読んでいただければと思います。中には本書からの引用もありますし、読んでみなくては分からないだろう感覚的なことにも触れてあります。


 『アンダーグラウンド』が刊行された約一年後に『約束された場所で underground 2』という視座を変えた続編が刊行されています。公平性を求める上で取られた自然な成り行きで刊行された著書なのですが、読者側の公正性を求めるならばこちらもお読みいただければと思います。





 そして、二〇〇〇年に刊行された『神の子どもたちはみな踊る』は村上春樹が、阪神淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件、この二つのカタストロフを経たあとに書いた短篇小説集です。





 二つのカタストロフ後に行われた河合隼雄氏と村上春樹氏の対話について。
一九九七年、五月十七日に京都行われた対話が『約束された場所で underground 2』に収録されており、一九九五年、十一月同じく京都にて行われた対話の書籍化が『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』です。その前年の一九九四年の五月五日にも公開で対談が行われており、その書籍化が『こころの声を聴く 河合隼雄対話集』です。


 




村上▼僕が物語を小説で書いてて思うのは、結局のところそれはシミュレーションなわけですね。疑似ゲームなんです。例えば自我と環境との間でいろいろ葛藤がありますね。ところがそれを書いても誰も納得できないんです。僕が例えば河合先生と喧嘩をする。で、頭に来る。これを誰か他人に説明しようとしても、僕の怒りというのはそのまま正確には伝わらない。何が伝わるかというと、なんか村上が怒っていたと、それしか伝わらない。僕がどれぐらい怒っていた かというのは伝わらないんですよ。
河合▼そのとおりです。
村上▼それをどう物語るかというと、エゴと環境じゃなくて、その両者の関係をそのまま意識の下部方向に引き下ろすんです。そして別の形でシミュレートするわけです。それを書くとよくわかるんですね。これが僕にとっての物語の意味であるというふうに思う。

―『こころの声を聴く 河合隼雄対話集』より抜粋







麻原の荒唐無稽な物語を放逐できるだけのまっとうな力を持つ物語を、サブカルチャーの領域であれ、メインカルチャーの領域であれ、私たちは果たして手にしているだろうか?
 これはかなり大きな命題だ。私は小説家であり、ご存知のように小説家とは「物語」を職業的に語る人種である。だからその命題は、私にとっては大きいという以上のものである。まさに頭の上にぶら下げられた鋭利な剣みたいなものだ。そのことについて私はこれからもずっと、真剣に切実に考え続けていか なくてはならないだろう。そして私自身の「宇宙との交信装置」を作っていかなくてはならないだろうと思っている。私自身の内なるジャンクと欠損性を、ひとつひとつ切々に突き詰めていかなくてはならないだろうと思っている。(こう書いてみてあらためて驚いているのだが、実のところそれこそが、小説家として、 長いあいだ私のやろうとしてきたことなのだ!)

―『アンダーグラウンド』より抜粋





 そういった思いや考えがあった上で書かれた六篇の短篇小説が『神の子どもたちはみな踊る』の中にある。

 こう書くと読むこと自体が大層難儀なことと思われるかもしれませんが、小説それ自体はとても面白く、読みやすいものです。







『アンダーグラウンド』のあとのノート


 僕は携帯電話を持っていない。ある時にずいぶんと考え、そして意識的に携帯電話を所有しないことを選んだ。

 携帯電話を持ち、それを使用すると使用しないでは決定的な何かが違ってくるのではないだろうかと僕は思う。おおまじめに。それは、電磁波が脳に影響を与えるとかそういったものではない。また、その何かが目に見えるような変化として顕れるとは限らない。


 携帯電話及び無線端末機器を日常的に用いてどこかに繋がるという行為を別の何かに置き換える――意識の下部方向に引き下ろす――と一体どういうことなのか。その答えを出そうとした。

 テレビを見るという行為は過去の人類史において火を-炎を見つめる行為に等しいのではないか、という話を聞いたことがある。
なるほど、と思った。テレビだけではなく、携帯電話の画面、パソコンのモニター、人はそれを見て、炎のゆらめきを見つめたときの恍とした感覚を得ているのだろうか。


 
 陽とともに目覚め、よく歩き、土に触れ、よく噛んで食べ、陽が落ちたあと火を見つめ、語らう、これらのことが日々行えば、よほどのことでもない限り、心と体の病にはならない、これは僕の持論です。
 言い換えれば、心と体の病は上記のことをしていればよくなる――少なくとも悪くはならない――はずである、ということです。学問上の根拠はどこにもないが、僕はこれを信じている。

 パソコンの子機、あるいは端末機器と呼んで過言ではない携帯電話を日常的に使用し続けたとしても、まったく何の影響もないままのだろうか。ほんの二十年前までは誰も携帯電話なんか持っていなかった。持っていなくても誰も不便と感じていなかった。仕事上の連絡が必要な人もそれはそれでないなりにやりくりしていた。ところが今現在、どこの誰を見ても携帯電話を持っている。日本に限らず、若人に限らず。携帯電話のパネルを見ている人を見ることが増えた。増えたなんてものではない。今世紀最大の激変とも呼べるものではないだろうか。

 これまでの人類史の中でこれほどまでに大人数の人々がこぞって所有し、使用し続けているものがあったのだろうか。

 その激変の理由は解明されているのか。

 普遍の存在理由というものが携帯電話にあるはずだ。それは一体何なのか。研究機関は設立されているという話は聞いたことがない。これほどの地球規模の激変であるにもかかわらず。
 以前の激変を辿れば、それはテレビだろう。その前は電話。産業革命、エネルギー革命、と呼ばれるものであり、それがどういったことだったのかは説明を聞けば理解できる。



 携帯電話で他の個人につながり、話をする。また、メールで文章テキスト及び画像や動画のやりとりをして意思の疎通を図ろうとする。このことで無意識の深層にある集合的無意識に繋がろうとしているのではないだろうか。

 深層意識にある集合的無意識に繋がりたいという欲求を誰もが持っていて、その欲求を満たす行動の顕れとして携帯電話を用いているのではないか。

 つまり、現在や過去に関わらず、人々は火-炎のゆらめきを見つめながら語らうことによって集合的無意識に繋がろうとしている。そう言えるのではないか。
 だが、いくら携帯電話を用いても、ほんとうの集合的無意識には繋がることはできない。人は、修行によって無意識そのものの状態になることは可能でも――言葉で簡単に書けるが、その修行はとても難しいものだ――、無意識の世界に意識を保ったまま行くことは不可能だからだ。


 だが、欲求は募っていくばかりだ。そして煮詰まった鍋に水を足すように人々は携帯電話を用いる。便利と惰性という心理的バイパスを抜けて人々は 携帯電話を用いる。自分がどういった行動原理に突き動かされているのか理解しないまま、その場を紛らす行為を取り続ける。そうすることによって、人の心のあるところにあるべきはずのものが少しずつ少しずつ減っていっているのではないだろうか。

 それは、想像力、または忍耐力、またはモラル、または集中力、または表現力、と呼ばれているものであるかもしれないし、ひょっとしたら心そのものかもしれない。

 街中を一人で歩いているのに、小さくない声で独り言を言っている人がいる。都市と呼ぶことのできる場所に行ったことのある人なら一度は見かけたことがあるかもしれない。その独り言はただの独り言ではないし、つぶやきといったものでもない。明らかに誰かに向かって話しているような独り言。そして、その独り言を言っている人には、「なぜ独り言を言っているのですか?」と聞けない雰囲気がある。

 寂しいから、くせの一つ、ストレスから、声を出したいから、歳を重ねたから、独り言にはいろいろな理由がある。
 僕の想像だが、その独り言を言っている人は自分の中の別人格――とはいかないまでもそれに近いものに向かって声を出して話しているのではないだろうか。いわば内的自我と話をしているのではないだろうか。そして、その内的自我のさらに深いところ、深層には無意識があり、さらに奥には集合的無意識が存在している。

 その独り言を言っている人は、街中で行き交う人々の自我の強さにあてられ、本来自我が備え持つ外に向かって押し返す力をなくし、より内へ内へと 矢印が向かうことによって自己を成り立たせているのではないだろうか。そうした人が話す言葉や取る行動は集合的無意識に向かっているのではないだろうか。





 『アンダーグラウンド』に戻る。
この本は、一九九五年に起きた「地下鉄サリン事件」の被害者の方々に村上春樹がインタビューし、それをまとめたものである。被害者の方々の反応として、目の前で起きていることと自分の感情をうまく繋げられていない人と、怒り心頭で事件に関わった加害者たちに厳罰を処することを強く望んでいる人がいる。このことについて『約束された場所で underground 2』に以下の記述がある。


村上 取材をしていて感じたのは、ある年齢より高くなると、「絶対にオウムは許せん!」という人が多くなるということでした。そういう人たちはオウムのことを「あいつらは絶対的な悪だ」と捉えています。でも若い人たちになると、そうではない。二十代から三十代にかけては、「あの人たちの気持ちもわからないではない」という人がけっこう多かったです。もちろん行為そのものに対しては怒っているんですが、動機についてはある程度同情的だったです。
河合 善悪の定義というのはとてもむずかしいことですから、小さいときから生き方によってたたき込まれているものが強いんです。これが善だ、というふうに身体がそうなってしまっている。地下鉄職員の方の話を読んでいると、それがものすごく見事ですね。ある意味では感心もしてしまいますし。ところが 若い人たちはそういうものを持っていません。判断が柔軟であると言えば、柔軟なわけですが。
村上 でも現代の社会において、いったい何が善で何が悪かという基準そのものがかなり揺らいでいるということは言えますよね。

―『約束された場所で underground 2』より抜粋


 すべてのインタビューの内容が公平性を保たれたスタンスで行われ、その総体として事件を深く理解しようという試みであったように思う。人によっては事件以前のその人の仕事のこと家庭のことが見事な形で浮き彫りになっていてとても興味深く読み進んだ。

 特に、というわけではないが、豊田利明さんと、著者である村上春樹さんとのやりとり、そして、元騎手であるマイケル・ケネディーさんの話は本文 にもあるとおり、「職業倫理」を兼ね備えた良き市民の話であり興味深く読んだ。


〈豊田利明さん〉

 (著者による記述)実を言うと、この人と話しているあいだ私の頭には「職業倫理」という言葉がずっと浮かんでいた。これは「市民倫理」と言い換 えても良いかもしれない。三四年間現場でしっかりと働いてきて、そこから得たethics(道義的価値観)のようなものが、ひとつの強い誇りとなってこの人を支えているかのように見受けられる。見るからに良き職業人であり、良き市民である。

(中略)

(豊田さん)私はオウムが憎いとも思わないようにしているんです。それはもう当局の人に任せちゃっています。私の場合、憎いとかそういう次元は とっくに通り過ぎてしまっているんです。彼らを憎んだところで、そんなもの何の役にも立ちはしません。オウムの報道もまず見ません。そんなもの見たってしかたないんです。<それくらい見なくてもわかります (強調傍点あり)>。そこにある状況を見ても、何も解決しません。裁判や刑にも興味はありません。それは裁判官が決めることです。

 (著者)-見なくてもわかるというのは、具体的にどういうことなんですか?

 (豊田さん)オウムみたいな人間たちが出てこざるを得なかった社会風土というものを、私は既に知っていたんです。日々の勤務でお客様と接しているうちに、それくらいは自然にわかります。それはモラルの問題です。駅にいると、人間の負の面、マイナスの面がほんとうに良く見えるんです。たとえば私た ちがちりとりとほうきを持って駅の掃除をしていると、今掃き終えたところにひょいとタバコやごみを捨てる人がいるんです。自分に与えられた責任を果たすことより、他人の悪いところを見て自己主張する人が多すぎます。

 (著者)-モラルは年を追うごとに低下しているのですか?

 (豊田さん)あなたはどう思いますか?

 (著者)-私(村上)にはよくわかりません。


〈マイケル・ケネディーさん〉

 (著者)-お話をうかがっていると、マイケルさんは騎手としての才能を持っていたようですが、騎手としてもっとも重要な才能というのはどういうものだと思いますか?

 (ケネディーさん)馬とコミュニケーションを持てる能力だね。それが騎手としていちばん大事な才能だ。でもそれは多くの場合、生まれつきの才能だ。言葉で「こうやりなさい」と教えるのはものすごくむずかしい。
 僕は日本の若い騎手たちに、「もっともっと馬に話しかけなさい」って口を酸っぱくして言っているんだが、なかなか実際にそうする人はいないみたいだね。とくに日本の騎手たちは、みんな傾向としてマッチョなんだ。どっちかというと彼らは、力でもって何かを馬に命令しようとする場合が多いようだね。 僕はここの生徒たちのことがとても好きだし、優れた生徒たちだと思うけれど、そういう全体的な傾向はたしかにあると言わなくてはならないね。
 もちろん馬に力ずくで何かをやらせることはできる。馬は自分が嫌な目に遭わないように、そのために、全力を出すことはあるからね。たとえば火を 避けて逃げるときのようにね。彼らは頑張るわけだ。
 でも僕は思うんだが、それよりはむしろ馬を説得して、理を説いた方が、ずっと良い結果をもたらすことが多い。馬と仲間になって、友達になって、共通の目的のために力をあわせて邁進する。馬と二人でチームを組むんだ。なんといってもそれがいちばんなんだよ。
 もちろん中には意地の悪い、根性のねじけた馬もいるよ。でもね、そういう馬は、多くの場合、これまでひどい目にあってきて(たとえば調教師にいじめられたりして)、結果的にそうなったんだ。最初からねじけた馬なんて、そんなにいるものじゃあない。だから辛抱強く時間をかければ、うまく友達になれ ることが多い。
 いいかい、どんなレースにおいても、どんな馬にとっても、そこにはブレーキング・ポイントというのがひとつあるんだ。そこでは馬は「もう駄目だ」という感じになってしまう。メンタル・クライシスみたいなものだね。それは騎手にもわかる。そのときに馬は「わがふっ」とか「あああうふ」とかいう声 を上げる(*マイケルさんはここのところを馬語で喋ったので、それに近い音声を表記した)。僕らはその声を、レースの最中に、まわりの喚声の中で、はっきりと聞き取ることができる。そのとき騎手は馬を励まさなくちゃいけないんだ。僕は馬に話しかける。そうだよ、レースの真っ最中、最後のストレッチにかかっているときに、大きな声を出して心から馬に話しかけるんだ。僕の声はちゃんと馬に届く。もちろんだよ、絶対に届く。
 これは鞭よりもきく。鞭を与えられれば、馬は本能的に自動的にゴールまで突っ走る。でも僕は馬に話しかける。「さあ、行こうせ。よし。そうだ! 一緒に行こう!」ってね。そのような励ましが、馬にとって絶対に必要なポイントが、レースの中に必ずひとつあるんだ。それを摑むことが大事だ。僕にはそれができる。
 僕には若い頃からそれができた。いや、というよりか、若いからこそそういうことが無意識的にできたんだろうね。若い人にはある種の力がある。馬に何かを語りかけると、向こうがそれに答えてくれる、そういう力を感じるんだ。ドライビング・パワーだ。
―『アンダーグラウンド』より抜粋

2010年5月1日土曜日

『1Q84』

『1Q84』

著者,村上春樹

出版社,新潮社


村上春樹『1Q84』 新潮社公式サイト











 深い読書体験でした。読んでいる間、読んだ後、何かを考えるとき『1Q84』の文体で考えていることに気がつきます。正確に言えば『1Q84』の文体に近い文体です。この小説の中にある文体に自分の文体が根こそぎ持っていかれます。物語と文体に自分の芯のようなものが握られっぱなしになります。抵抗しようとしても自由がきかなくなっている。




 どうしてこうなるのだろうと考える。その思索は一つの答えに辿り着く。小説『1Q84』を読んでいる我々は実際に1Q84年の世界に連れて行かれてしまったのではないだろうか。青豆がいて、天吾がいる世界に。好むと好まざるに関わらず、月が二つある世界に我々はいる




どこかの時点で私の知っている世界は消滅し、あるいは退場し、別の世界がそれにとって代わったのだ。レールのポイントが切り替わるみたいに。つまり、今ここにある私の意識はもとあった世界に属しているが、世界そのものは既に別のものにかわってしまっている。

―Book1 p195






 今いる世界がどこであれ、そこは私達が元いた場所ではない。
いったいここはどこなのか、どうすればここから立ち去り戻ることができるのか、私達は考える。



 ここは村上春樹がつくりだした小説世界だ。小説家の彼が才能と努力のすべてを投げ出し、時間をかけてつくり上げた世界だ。私達はその小説を読み、知らず知らずのうちにその世界に取り込まれた。不快ではないが、快でもない。ただ、ここは私達がいる場所ではないと大きな声が言っている。その大きな声は私達の心に強く呼応する。ここに長くいることはできない。どんな方法を使ってでもここから立ち去らなくてはいけない。
 私達の目は空に浮かぶ二つの月を見ている。血液の流れは速くなり、心臓の弁が震える。時折、雲が月たちを覆い隠す。私達が月たちから何も読み取れないように。そこに長くいてはいけない。大きな声はそう言っている。私達はその大きな声を信頼する。







 
 小説家村上春樹はこれほどまでに強い力を持つ小説世界をどのようにしてつくりあげることができたのだろう。
 彼は毎朝4時ころに起き、顔を洗い、歯をみがき、そしてコーヒーを淹れるため大きなヤカンに水を入れ火にかける。湯が沸くのを待つ間にiMacの電源を入れる。彼のiMacはいつもの時間に規則正しく起き上がる。そして儀式的に密やかにコーヒー豆に沸いた湯を注ぐ。声にはしないが呪文も唱える。
 淹れたコーヒーをマグカップに移しかえ、机に向かう。そこから4時間か5時間かけ、決まった枚数の原稿を書く。誰も起きていない静かな時間帯、暗い森に彼は出かける。一匹の背を向けたフクロウが木にとまっている。フクロウは首だけを動かし森に侵入してくる彼を見つめる。
 村上春樹は森の奥へと歩いていく。そのようにして、彼は物語の世界にとても深く潜り込む。


 原稿を書く時間が終わると軽く食事をする。トーストのときもあればビスケットのようなもので済ませるときもある。そしてジョギングに出かけ 10km走る。走り終え、帰宅し、驚くほどの速さでシャワーを浴び、洗面器がてんこもりになるくらいの量の新鮮な野菜を食べる。
 午後はのんびりと過ごすことが多い。週に何度か水泳をし、読書をしたり、映画を観たり、翻訳をしたりする。日本にいるときは夕方近くになると散歩に出かけ鰻屋に入り、ビールを飲み、うなぎを食べる。
 夜は21時には就寝する。そしてまた翌朝4時ころに起きる。彼のiMacも目を覚ます。そうした生活のサイクルを自らのあらゆるところに沁み込ませ馴染ませる。




 徹底した反復運動に基づいた日常の積み重ね。そうすることで通常入ることのできない物語の深度に彼は到達する。深い森の奥。暗い井戸の底。彼はそこで静かに呼吸し、さらに深いところに潜っていく。音がなく光も届かない世界。その世界で何が行われているかを目にする。


 また、彼は日常的に英語の小説を日本語に翻訳している。異なるシステムで成り立っている言語を一旦解体し、自分を通して日本語に再構成する。彼にとって翻訳は苦を伴うものではない。むしろ楽しんで取り組める趣味のようなものだ。それでも手が止まるときがある。物語の核に触れたときだ。描写の言葉一つ、一行の文章の差し替えで、人物が立ち上がることもある。彼は経験を通してそのことを知っていた。そういうとき、彼はテキストにある言葉を自分の中に潜り込ませ、再び浮かび上がってくるのを辛抱強く待つ。その作業を通してアクチュアルでタフな文体を彼は身につける。



 『1Q84』の物語は三人称で語られるがそれは絶対的な俯瞰に位置する神の視座ではない。それは青豆のものでもないし天吾のものでもなく、もちろん牛河のものでもない。著者村上春樹による第三の視座。客観的ではあるがある意味では個人的な視座。一人の生きた人間が見た思いのこもった視座。そこから物語は一つでも多く枝を伸ばし葉を広げようとする樹木のように多義にわたって我々に展開をみせてくれる。









  1984年の4月、ハイエンドなオーディオシステムを搭載したタクシー(トヨタのロイヤル・クラウンサスーン)の中で29歳の青豆雅美はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』を聴く。そして渋滞で足止めされた多くの人々が見守る中、首都高速道路三号線の緊急避難用階段を降りる。すべてはそこから始まる。




 川奈天吾は、文芸誌の編集者である小松祐二に一つの物語をリライトしてみないかと持ちかけられる。その物語は十七歳の深田絵里子、ふかえりが書いた『空気さなぎ』だった。その物語の世界では山羊の死体を通してリトル・ピープルが現れ、空気さなぎの作り方を少女に教えた。そして空には二つの月があった。





小さな月と、大きな月。それが並んで空に浮かんでいる。大きな方がいつもの見慣れた月だ。満月に近く、黄色い。しかしその隣りにもうひとつ、別の月があった。見慣れないかたちの月だ。いくぶんいびつで、色もうっすら苔が生えたみたいに緑がかっている。

―Book1 p351





 
 青豆と天吾は私達の前に交互に現われる。


 青豆は広尾にあるスポーツ・クラブにインストラクターとして勤めている。そのクラブの護身術のクラスを通じて「柳屋敷」の女主人緒方静恵とその警護を担当する田丸健一と交流を持つようになった。そして、青豆は緒方に大塚環の話をした。
 青豆と大塚は学生時代から親友以上に深く結びついた関係であった。大塚は二年間の結婚生活の後、自宅で首を吊って自殺した。原因は夫による執拗で陰惨な暴力だった。青豆は大塚の夫に激しい怒りを感じた。そして時間をかけ周到に計画を練り、躊躇なく冷静に的確に男の頭上に王国を到来させた。
 緒方は自分の娘も同じような経緯で失ったこと、自分がその男に対しどのような制裁を加えたかを青豆に語る。「柳屋敷」の女主人は男から暴力を受けた女を引き取り、青豆は女の敵なる男を別の世界へと移していく。



 天吾はふかえりの保護者である戎野隆之から、1960年代、理想を求めた学生たちが自給自足のコミューン『さきがけ』を立ち上げたこと、その指導者こそがふかえりの父親である深田保であったこと、それが後に宗教団体となったことを聞かされる。
 そして予備校で数学を教えながら『空気さなぎ』をリライトし、十歳年上の射精のタイミングに対して極めて厳格な人妻である安田恭子と性交する。




 青豆と天吾は小学三年生と四年生の二年間、同じ学校の同じクラスになっていた。ある日の放課後、青豆と天吾は教室の中で二人きりになった。そこで二人は一度だけ手を握った。青豆は天吾の手を握り、力をこめた。そして二人は目を合わせ、瞳の奥にある透明な深みを感じとった。
 それは成長した二人の心にも強く残りつづけた。青豆の心は天吾と奇跡的に再会することを求め、天吾の心には少女であった青豆の手の感触と温もりが残っていた。

 





 おそらく、1984年であれば二人に奇跡は起きなかっただろう。ものごとはそんなに都合よく運ばない。人が何かを失ったとき、心には確実に穴が開く。そこに痛みを感じ、悲しみは肉にくいこみ、やがて訪れる空虚に身を覆われる。欠けた心は決して元には戻らない。それに対し、成すすべはなく、処方箋もない。長い時間をかけて人はそのことを思い知る。そして欠けた心のまま生きていくことを強いられる。慣れることはなく、欠けた部分を見るたび悲しみ、そこに触れるたびに痛みを感じる。
 だが、そこは1Q84年だった。空に月が二つあるくらいだ。何が起きても不思議はない世界だった。小さなものが性行為抜きに受胎され光を帯びる世界であり、意識の底で息子が父親と和解する世界だった。その世界で青豆と天吾は出会い、猫の町を離れる。世界の入り口であり出口であるその場所に向かう。二人が信じるのと同じくらいに我々も信じる。





ここは見世物の世界

何から何までつくりもの

でも私を信じてくれたなら

すべてが本物になる






 私達はページをめくり、本を閉じる。私達には夜のベランダですべきことがある。でも、その前に身体を温める必要がある。手鍋に牛乳を沸かし、ココアの粉を溶かす。普段、ココアを飲む習慣がなくてもここではココアをつくる。それをマグカップに注ぐ。そしてそれを手に夜のベランダに出る。
 青豆と天吾のことを思い、青豆の中に宿る小さなものを思い、意識の世界でドアを叩き集金していた天吾の父親のことを思い、「柳屋敷」の女主人と躊躇のないプロであるタマルのことを思う。そして知覚するものであったふかえりのこと、結果的に物語の車輪となり青豆と天吾を元の世界へと運んでいった牛河のこと、真四角の真っ白な部屋に懲りた小松のこと、「さきがけ」の坊主頭と無口なポニーテールのこと、苦痛の世界から無痛の世界に移されたリーダーのこと、はやしたてるリトル・ピープルのこと、多くの知識を持った戎野のこと、暴力の下敷きにされ自ら生命を絶った大塚環のこと、公務員らしからぬ生き方をした中野あゆみのこと、一度死んだことのある安達クミのこと、夜の深い森にいるフクロウのことを思い、ベランダから見える地上を見る。
 そこには児童公園はなく、すべり台もない。もちろん空を見上げる天吾もいない。だが、私達は温かいココアを手にして夜の冷えた空気を感じることができる。ここは「1Q84年」でもなければ「1984年」でもない。

 
 そして空を見上げる。そこには月が一つあるだけだ。常に地球とバランスを保ち、浮いている月だ。一日が終わり闇が幕を下ろしたあと、私達の足下を照らす月だ。私達はその明かりを頼りに新たな森に出かける。