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2011年6月5日日曜日

『ハリス・バーディックの謎』

『ハリス・バーディックの謎』(『THE MYSTERIES OF HARRIS BURDICK』)という本があります。







著者はアメリカのミシガン州に生まれたイラストレーターであり絵本作家であるクリス・ヴァン・オールズバーグ。



映画化された『ジュマンジ』や




『ポーラー・エクスプレス』の原作者でもあります。










『ハリス・バーディックの謎』という本、絵本といえども内容はとても変わった構成になっています。
日本語に翻訳したのは村上春樹さん。


ページを開けば左に短い文章が。

そして右には一枚の絵が。



文章は絵のことを指し示し、絵は文章で動き出す。






本の冒頭にはこんな一文が。




はじめに


 この本に収められた絵を私が初めて見たのは一年前のことである。場所はピーター・ウェンダーズという人物の家だった。ウェンダーズ氏は今ではもう引退しているが、当時は児童書専門の出版社に勤めていた。本にするためのお話と絵を選ぶのが彼の仕事だった。

 三十年前に、一人の男がピーター・ウェンダーズの会社を訪れた。男はハリス・バーディックと名乗った。バーディック氏はこう語った。私は十四のお話を書き、そのひとつひとつの為に沢山の絵を描きました。今日は見本としてお目にかけようと思って、一冊につき、絵を一枚だけ持参しました、と。

 ピーター・ウェンダーズはそれらの絵にすっかり魅了されてしまった。これらの絵についている話の方を一刻も早く読みたいものですな、と彼は言った。それでは明日の朝に原稿を持って参りましょう、と画家は言った。彼はその十四枚の絵をウェンダーズのところに置いていった。でも翌日、彼はやって来なかった。その翌日も現れなかった。ハリス・バーディックの消息はそよとも知れなかった。何年にもわたって、ウェンダーズは調べてまわった。バーディックとはいかなる人物であり、ハリス・バーディックは完全なる謎の人物のままである。

 彼の失踪だけが、あとに残された謎ではない。これらの絵についていたお話というのはいったいどういうものだったのだろう?そこにはいくらかのヒントはある。バーディックはそれぞれの絵に題名と説明文をつけている。私がピーター・ウェンダーズに、絵と説明文を見れば話というのは自然に浮かんでくるものじゃないですかと言うと、彼はにっこりと微笑んで、部屋から出ていった。そしてほこりのかぶった段ボールの箱を持って戻ってきた。その中には何十ものお話の原稿が入っていた。どれもみんなバーディックの絵について触発されて書かれたものだった。それらは何年も前にウェンダーズの子供たちや、その友人たちによって書かれたのだ。

 私はそれらの話を読んでみた。みんな立派な出来だった。あるものは風がわりだったし、あるものは滑稽だったし、あるものは真剣に怖かった。他の子供たちも同じようにこれらの絵に触発されることを希望しつつ、ここに初めてバーディックの絵を複製出版するものである。

クリス・ヴァン・オールズバーグ
ロード・アイランド プロヴィデンス








たとえばこの一枚。



左のページにはこうあります。





天才少年、アーチー・スミス

--------------------------

小さな声が言った、

「あの子がそうなのかい?」





その右ページには、













また別のページには、






七月の奇妙な日



--------------------------



彼は思い切り投げた。
でもみっつめの石は跳ねながら戻ってきた














そしてまた別のページには、



招かれなかった客



--------------------------



彼の心臓はどきどきしていた。

ドアの把手はたしかに回ったのだ。












さらに、













七つの椅子



--------------------------



五つめは結局フランスでみつかった。











題名と、ごく短い文章でミステリアスな物語が想起され、緻密に描かれた絵によって物語の謎はさらに倍化し、複雑化していく。










最近、これによく似た構造のものを見つけました。





地獄のミサワの「女に惚れさす名言集」





地獄のミサワという漫画家による「かっこいい男子達が言う女に惚れさす名言」とはこんなものがあるのではないだろうか、という問題提起。

いや、怠惰に生活する我々に対する警鐘なのかもしれません。






まずは、実際のところマジ痛いんだけれど、それを我慢できてるって俺、かっこいいだろう、てか女惚れるだろう、と思ってそうな男子(吉岡)が現れます。







惚れさせ6 「怪我」






痛みをこらえる右腕の震えが惚れる所以ですね。



吉岡くんは次にこんな目にも遭いますが、痛くないんです。




惚れさせ53 「犬」



さらに、



惚れさせ90 「家までは我慢」







惚れさせ128 「超痛い」

 

 

 

惚れさせ166 「入った」

 

 

 

惚れさせ181 「小指」

 

 

 

どぉーりでジンジンして紫色化していくわけだ・・・

 

 

 

惚れさせ226 「今回はたまたま刺さっちゃったけど」















他に、あのジョニー・デップに激似な男(桜井)が現れます。


惚れさせ143 「意識」






惚れさせ186 「確認」





惚れさせ213 「パイレーツ」






惚れさせ231 「センスも」





惚れさせ245 「俺に似合う服」





似合う?じゃあ俺にも似合うか・・・




惚れさせ262 「責められて」






惚れさせ339 「ハリウッド」

 





惚れさせ371 「席」







惚れさせ398 「申請」






惚れさせ437 「もうそんなになるかー」






惚れさせ530 「半分」











俺と言ったらイタリアだろう。イタリアといったら惚れるだろう。
そんな男(ミラージュ)の場合。


惚れさせ22 「待ち合わせ」




惚れさせ33 「形」





惚れさせ91 「うなずき」







惚れさせ104 「イタリア訛り」







惚れさせ205 「パンナコッタ」





惚れさせ219 「見たことない料理」







惚れさせ273 「急に言われても」














若さにこだわる男(あつしさん)の場合。


惚れさせ494 「聞いたよ」





惚れさせ549 「話の腰折るけど」





惚れさせ550 「なるほど」







惚れさせ597 「もっと」





惚れさせ598 「もっと」
















ネイティヴな発音にこだわる男(時任)の場合。


惚れさせ200 「マクドナルド」





惚れさせ214 「シルバニアファミリー」





惚れさせ269 「2の段」





惚れさせ324 「フォー」






惚れさせ330 「ワー!」







ワー! じゃねえよ。

2010年10月25日月曜日

ちなみに原文はこう。

としょかん通信: 長いお別れ




 清水訳『長いお別れ』と村上訳『ロング・グッドバイ』で最も違うところは台詞だというのが多くの読者の声のようです。

 映画字幕翻訳家でもある清水さんは色んなところをすっ飛ばして翻訳し、小説家である村上春樹さんは原文に忠実に翻訳している。



 たとえば、第34章の冒頭はこう違う。


(清水俊二訳)
 街道から丘の曲がり角までの舗装が破損している道が真昼の暑さのなかで踊って、両がわの乾ききった土地に点在しているくさむらが埃を浴びて小麦粉のように白くなっていた。草の匂いがむっと鼻について、吐き気を催しそうだった。なまあたたかい風がかすかに吹いていた。私は上衣を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげていたが、車のドアが熱くなっているので、腕をやすませることもできなかった。かしの木立ちにつながれた馬がものうげに仮睡(いねむり)をしていた。褐色の皮膚の道路を横ぎってころがってきて、地面から岩が露出しているところでとまり、いままでそこにいたとかげが少しも動いた様子がないのにいつのまにか見えなくなった。



(村上春樹訳)
 ハイウェイから降りたあとの、丘の曲がり口まで続く未舗装道路は、正午近くの暑気に踊るように揺れていた。道路の両脇の太陽にあぶられた土地には、低木が散在していたが、花崗岩の粉塵を浴びて見事に真っ白になっていた。草いきれの匂いは吐き気を誘うほどむっとしている。微かに吹く風は熱く希薄で、とげとげしさがあった。私は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げていたが、ドアは熱すぎて腕を置くこともできなかった。繋がれた一頭の馬が、樫の木立の下でくたびれきったようにまどろんでいた。肌の浅黒いメキシコ人が地面に座り、新聞紙に包まれた何かを食べていた。枯れ草のかたまりが風に吹かれて大儀そうに転がり、道路を横切っていった。それが剥き出しになった花崗岩にぶつかって止まると。そこにいた一匹のトカゲが一瞬間を置いてから、動いた気配もなくさっと消えた。




 ちなみに原文はこう。

The stretch of broken-paved road from the highway to the curve of the hill was dancing in the noon heat and scrub that dotted the parched land on both sides of it was flour-white with granite dust by this time.The weedy smell was almost nauseating. A thin,hot,acrid breeze was blowing.I had my coat off and my sleeves rolled up,but the door was too hot to rest an arm on.A tethered horse dozed wearily under a clump of live oaks.A brown Mexican sat on the ground and ate something out of a newspaper.A tumbleweed rolled lazily across the road and came to rest against a piece of granite outcrop,and a lizard that had been there an instant before disappeared without seeming to move at all.

2010年10月10日日曜日

長いお別れ




『長いお別れ』

著者,レイモンド・チャンドラー

訳者,清水俊二

出版社,早川書房



 1939年にデビューし、1959年に亡くなるまで小説を書いていたアメリカ合衆国シカゴ生まれの小説家レイモンド・チャンドラーの代表作。

 ロス・アンジェルスで私立探偵を営むフィリップ・マーロウを主人公としたシリーズ作品の中の一つ。

 窓際のブラインドが下げられ、煙草の煙がこゆらぐ室内。天井でカタカタと回るシーリング・ファン。そこを訪れる場違いな香水の匂いと高いヒールの靴音。室内にいるのは元地方検事局の捜査官のフィリップ・マーロウ。気に入らない仕事は決して引き受けず、厭世的で皮肉を混じらせたユーモアと孤独を好む男。

 時代が違えばいわゆる"ハードボイルド小説"と取られてしまうかもしれませんが、何事もひとくくりにはできなくなってしまった現在、この小説の真の棚分けは難しいのかも知れません。『ロング・グッドバイ』として新訳した村上春樹さんは『The Long Goodbye』を"準古典小説"と棚分けしています。


 フィリップ・マーロウの一人称の語りで物語は進む。その語りには厭世的で皮肉を混じらせたユーモアがあり、装飾に次ぐ装飾、喩えに次ぐ喩えの連続がある。

 たとえば、フィリップ・マーロウがバーで見かけた金髪の女性を一頁以上にわたって喩える語りがある。

 金髪の女は珍しくない。金髪ということばがしじゅう洒落や冗談につかわれているほどだ。どの金髪にもそれぞれの特色があった。ただ一つの例外は漂白した金属のような金髪で、その性格は舗道のように味わいがない。しじゅうおしゃべりをしている小柄で可愛い金髪もあるし、氷のように碧い瞳で男をよせつけない大柄でものものしい金髪もある。色あいがよく、きらきら輝いて、男の腕にすがることを慣わしとして、送って帰るときはいつも疲れきっている金髪もいる。いざとなると、ひどい頭痛がするといいはじめて、男はなぐりつけてやりたくなるのだ。もっとも、時間と金と希望をつぎこみすぎないうちに頭痛戦術がわかったことを喜ぶ男もいるだろう。頭痛はいつでも使える武器で、刺客の刃かルクレチア(ルクレチア・ボルジア)の毒薬のびんほどの効き目があるからだ。
 どんな男ともすぐしたくなる酒の好きな金髪もいる。彼女はミンクでさえあれば何を着ようと頓着をしないし、ガラスの天井の下でシャンペンが飲めればどんなところへでもよろこんでついてくる。いつでも友だちづきあいのつもりで、男に迷惑をかけたがらず、健康と常識を充分に持ちあわせていて、柔道にくわしく、《サタディ・レヴュウ》の社説を一行もまちがえずに覚えているというのに、トラックの運転手に背負い投げをくわせることぐらいは朝飯前だという元気のいい金髪もいる。命にはかかわらないがどうしても治らない貧血症のうすい、うすい金髪もいる。きわめて生気がなく、なんとなく影がうすく、どこでしゃべっているのかわからないような低い声でものをいい、だれも手を出すものはいない。一つには手を出す気になれないからであり、一つにはいつも『荒地』(T・S・エリオットの長詩)か原文のダンテを読んでいるか、カフカやキェルケゴール(デンマークの宗教思想家)を読んでいるか、プロヴァンス語を学んでいるからである。こういう女は音楽が好きで、ニュー・ヨーク・フィルハーモニックがヒンデミットを演奏しているとき、六人のコントラ・バスのうちの一人が四分の一拍子おくれたことを指摘してくれる。彼女のほかには、トスカーニも指摘できるそうだ。
 そしてさいごに、次々に結婚した三人のギャングの大親分が三人とも殺され、その後百万長者と二度結婚、一人から百万ドルずつもらって、アンチーブ岬(フランスの避暑地)のばら荘に住み、運転手と副運転手がいる"アルファ・ロミオ"をのりまわしている眼のさめるような金髪がいる。こういう女の邸にはいつも大勢の貴族くずれがあつまり、召使が老侯爵のまえに出たときのようにあしらわれている。
 向こうの端の"夢の女"はこれらのどの種類の金髪でもなかった。山にわきでる泉のように澄んでいながら、その色のようにとらえどころがなく、分類することがむずかしかった。私のひじのすぐそばで私に呼びかける声が聞こえたとき、私はまだ女の方を見つめていた。


 こういった装飾や比喩が読めるかどうかでレイモンド・チャンドラーが読めるかどうかが決まると思う。ただ、これほどまでに自己完結している小説は珍しいのではないでしょうか。




 あらすじは、とある日フィリップ・マーロウは、高級クラブの前に停められたロールスロイス社製のシルバー・レイスの車内でぐでんぐでんに酔っ払って眠っているテリー・レノックスと名乗る男と出会う。裕福というだけで何もかもを勝ち得たかのような気になっている女に無碍にあしらわれているテリー・レノックスにフィリップ・マーロウは好感を持ち、一宿一飯の面倒を見る。

 そのあと、フィリップ・マーロウとテリー・レノックスは何度かバー〈ヴィクター〉に出かけて、ギムレットを飲んだ。テリー・レノックスは自分を無碍にあしらった大金持ちのハーラン・ポッターの娘シルヴィアと再婚し、得るものを得て、失うものを失った。

 二人が会わなくなった一ヶ月の朝五時にテリー・レノックスはフィリップ・マーロウの自宅に突然現れる。その手には拳銃が握られていた。

 テリー・レノックスが何かしらの犯罪に関わっていると知りながらフィリップ・マーロウは彼を空港に送り、高飛びの手助けをする。そして、そのことで警察に引っ張られて留置所に入れられ手荒い事情聴取をされるが、フィリップ・マーロウは友人をひとかけらも売りはしなかった。

 屋敷の別館で浮気を繰り返していた妻を射殺し、青銅の猿の置物で顔の原型がなくなるまで殴った、というのがテリー・レノックスにかけられた容疑だった。どんなことがあろうともあの男にそこまで酷いことはできるはずがない、フィリップ・マーロウは固くそう信じていた。

 だが、テリー・レノックスは高飛びしたメキシコの田舎町オタトクランで拳銃自殺をした。フィリップ・マーロウに一通の手紙を残して。億万長者の娘の惨殺事件は、その犯人であろう夫の自殺によって半ば強制的に幕を閉じた。

 フィリップ・マーロウはこれ以上事件を大きくされたくない誰かに雇われた弁護士によって釈放され、メンディ・メネンデスというギャングのボスにレノックス事件から手を引けと脅される。


 常に何かがどこかで釈然としない中、アルコール中毒でありベストセラー作家でもあるロジャー・ウェイドの行方を捜して欲しいという依頼を(ロジャー・ウェイドの編集者であるハワード・スペンサーを通じて)妻のアイリーン・ウェイドから受ける。

 フィリップ・マーロウはアルコールに溺れ、自堕落な生活をするロジャー・ウェイドとテリー・レノックスの姿を重ねて見ていたのかもしれない。もぐりの医者をしているヴァリンジャーの下からロジャー・ウェイドを救い出し、湖岸に建てられた彼の家に送った。

 〈ヴィクター〉でギムレットを飲んでいたシルヴィアの姉リンダ・ローリングと出会い、彼女の夫であり医師であるエドワード・ローリングがアイリーン・ウェイドの主治医であり、医師による専門的な処方箋にしたがって彼女に麻薬性鎮静剤を瓶ごと与えていた。


 ロジャー・ウェイドの件を引き受けたとは言わないものの、ロジャー・ウェイドから(あるいはアイリーン・ウェイドから)呼び出されれば家まで出向き、面倒をみるようになる。




 だが、ロジャー・ウェイドもまた拳銃自殺した。

 確かにロジャー・ウェイドは何かに悩み苦しみ、それをアルコールで埋めようと飲み続けていた。泥酔し、朦朧とした意識の中で机の引き出しにしまってあった拳銃を取り出し、こめかみに当て、引き金を引く。しかしそれにしては不可解な死に方だった。


 ロジャー・ウェイドは酔っていよう酔ってなかろうと、常にタイプライターを叩いていた。だが、自分が死ぬという時なのに遺書のようなものを書き残してはいなかった。

 湖の水上を走るスピードボードの音が最も大きくなるタイミングで引かれた引き金。

 妻のアイリーン・ウェイドは鍵を忘れたと家の呼び鈴を鳴らし、さらにその日が召使の休日である木曜日ということも忘れていた。


 すじが通っていないことが多すぎた。そこには絡み合った事情があり、痴情があった。フィリップ・マーロウは最初から最後まで亡き友人にかけられた罪をはらすことだけを考え行動していた。












 清水訳『長いお別れ』と村上訳『ロング・グッドバイ』で最も違うところは台詞だというのが多くの読者の声のようです。

 映画字幕翻訳家でもある清水さんは色んなところをすっ飛ばして翻訳し、小説家である村上春樹さんは原文に忠実に翻訳している。



 たとえば、第34章の冒頭はこう違う。


(清水俊二訳)
 街道から丘の曲がり角までの舗装が破損している道が真昼の暑さのなかで踊って、両がわの乾ききった土地に点在しているくさむらが埃を浴びて小麦粉のように白くなっていた。草の匂いがむっと鼻について、吐き気を催しそうだった。なまあたたかい風がかすかに吹いていた。私は上衣を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげていたが、車のドアが熱くなっているので、腕をやすませることもできなかった。かしの木立ちにつながれた馬がものうげに仮睡(いねむり)をしていた。褐色の皮膚の道路を横ぎってころがってきて、地面から岩が露出しているところでとまり、いままでそこにいたとかげが少しも動いた様子がないのにいつのまにか見えなくなった。



(村上春樹訳)
 ハイウェイから降りたあとの、丘の曲がり口まで続く未舗装道路は、正午近くの暑気に踊るように揺れていた。道路の両脇の太陽にあぶられた土地には、低木が散在していたが、花崗岩の粉塵を浴びて見事に真っ白になっていた。草いきれの匂いは吐き気を誘うほどむっとしている。微かに吹く風は熱く希薄で、とげとげしさがあった。私は上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げていたが、ドアは熱すぎて腕を置くこともできなかった。繋がれた一頭の馬が、樫の木立の下でくたびれきったようにまどろんでいた。肌の浅黒いメキシコ人が地面に座り、新聞紙に包まれた何かを食べていた。枯れ草のかたまりが風に吹かれて大儀そうに転がり、道路を横切っていった。それが剥き出しになった花崗岩にぶつかって止まると。そこにいた一匹のトカゲが一瞬間を置いてから、動いた気配もなくさっと消えた。



2010年4月24日土曜日

『ピギー・スニードを救う話』




『ピギー・スニードを救う話』

著者,ジョン・アーヴィング

訳者,小川高義

出版社,新潮社









 長篇小説で印象深いジョン・アーヴィングが書いた、七篇の短篇小説と一篇のエッセイからなる短篇小説集。






―短編小説についてはどう?あなたは殆んど短編を書いてないけれど、短編という形式があまりしっくりこないのかな?

アーヴィング
 そのとおりだよ。僕は正直言って二度と短編を書きたいとは思わないね。僕はこれまでに半ダースくらいしか短編を書いていない。そのうち良いもの はふたつくらいだね。いちばん良いのは『ガープ』の中に入っているやつだ。僕は長編(ノヴェル)を書きたいね。

―長いノヴェル?

アーヴィング
 幅の広い小説だよ。僕は幅を広くしたいんだ。まあ長くはなるだろうけど、『ガープ』ほど長くはしたくないな。少なくともあと一、二冊について言 えばね。でも僕としては人の人生の全てを小説の中で語りたい。どんな風に生まれて、どんな風に成長して、どんな風に死んだか、ということだね。そうするに は幅広さが必要だし、またたぶんある程度長くもなっちゃうよ。

―ノンフィクションとか、エッセイみたいなものとか、評論なんかは?

アーヴィング
 いや、ごめんだな。小説しかやらない。他の作家に対するインタヴュ-ならやるかもしれない-今あなたがやっているようなさ。これはなかなか楽し いよ。でも僕は小説家だからね、僕の今の望みは次の小説を書くことだ。そしてそれが終ると次の小説、また次の小説。僕に時が残されている限りね。

―『インタヴュー 面白い小説とは何か』『ジョン・アーヴィングの世界』 より抜粋
訳者,村上春樹
聞き手,トマス・ウィリアムズ




 この受け答えからこれらの短篇小説が相当に稀有な存在であることが容易に想像できます。






 『ピギー・スニードを救う話』と『インテリア空間』、『ひとの夢』、『ペンション・グリルパルツァー』は楽しい読書だった。


 『ペンション・グリルパルツァー』ってどこかで読んだことがあったと思いながら読み終え、訳者あとがきを読んで分かりましたが、『ガープの世界』で主人公ガープが書いたとされる小説がこれ―正確にはこのままではないけど―でした。



 



 それができなかった私は、いまにして考える。作家の仕事は、ピギー・スニードに火をつけて、それから救おうとすることだ。何度も何度も。いつまでも。

-『ピギー・スニードを救う話』 より抜粋


2010年4月10日土曜日

『ハリス・バーディックの謎』


『ハリス・バーディックの謎』 (『The Mystery of Harris Burdik』)

著者,クリス・ヴァン・オールズバーグ(Chris Van Allsburg 1949.06.18- )

訳者,村上春樹

出版社,河出書房新社





 映画『ポーラー・エクスプレス』、『ジュマンジ』の原作として有名なクリス・ヴァン・オールズバーグの絵本。他にも著作があり、あまり知られていない名作が多数あります。


 その中でも『ハリス・バーディックの謎』という本が素晴らしい。内容は、いたってシンプル。14枚の絵と、その一つ一つにつけられた題名と短い文章。ページをめくり、絵を見て、文章を読む。そしてまた絵を見る。また文章を読み、絵を見る。すると、意識が一枚の絵の中に入り込み、想像力で映写機のようにかけ巡る。







 その冒頭にある序文がこれです。



はじめに


 この本に収められた絵を私が初めて見たのは一年前のことである。場所はピーター・ウェンダーズという人物の家だった。ウェンダーズ氏は今ではもう引退しているが、当時は児童書専門の出版社に勤めていた。本にするためのお話と絵を選ぶのが彼の仕事だった。

 三十年前に、一人の男がピーター・ウェンダーズの会社を訪れた。男はハリス・バーディックと名乗った。バーディック氏はこう語った。私は十四の お話を書き、そのひとつひとつの為に沢山の絵を描きました。今日は見本としてお目にかけようと思って、一冊につき、絵を一枚だけ持参しました、と。

 ピーター・ウェンダーズはそれらの絵にすっかり魅了されてしまった。これらの絵についている話の方を一刻も早く読みたいものですな、と彼は言った。それでは明日の朝に原稿を持って参りましょう、と画家は言った。彼はその十四枚の絵をウェンダーズのところに置いていった。でも翌日、彼はやって来な かった。その翌日も現れなかった。ハリス・バーディックの消息はそよとも知れなかった。何年にもわたって、ウェンダーズは調べてまわった。バーディックとはいかなる人物であり、ハリス・バーディックは完全なる謎の人物のままである。

 彼の失踪だけが、あとに残された謎ではない。これらの絵についていたお話というのはいったいどういうものだったのだろう?そこにはいくらかのヒントはある。バーディックはそれぞれの絵に題名と説明文をつけている。私がピーター・ウェンダーズに、絵と説明文を見れば話というのは自然に浮かんでくる ものじゃないですかと言うと、彼はにっこりと微笑んで、部屋から出ていった。そしてほこりのかぶった段ボールの箱を持って戻ってきた。その中には何十もの お話の原稿が入っていた。どれもみんなバーディックの絵について触発されて書かれたものだった。それらは何年も前にウェンダーズの子供たちや、その友人たちによって書かれたのだ。

 私はそれらの話を読んでみた。みんな立派な出来だった。あるものは風がわりだったし、あるものは滑稽だったし、あるものは真剣に怖かった。他の子供たちも同じようにこれらの絵に触発されることを希望しつつ、ここに初めてバーディックの絵を複製出版するものである。

クリス・ヴァン・オールズバーグ
ロード・アイランド プロヴィデンス

―本著より抜粋




 個人的なお気に入りはIt was a perfect lift-off.です。


2010年4月7日水曜日

『カレワラ物語』

 
 
 
『 カレワラ物語』

著者,キルスティン・マネキン(Kirsti Mäkinen

訳者,荒牧和子

出版社,春風社




 世界三大叙事詩でもあるフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」の物語化。神話や叙事詩は物語の起源だと。ちなみに三大叙事詩の残り二つは、古代ギリシアのホメーロス作「イーリアス」、古代インドのヴァールミーキ編纂「ラーマーヤナ」。

 






 ヴァイナモイネンは大あわてで老人に鉄の起源を語りはじめた。悪事をはたらいた鉄の起源をまずは明らかにしなければならない。物の起源が明らかになる と、悪事は勢いを失い、効力も失う。だから鉄の起源がわかれば、斧による傷をなおすことができる。
 鉄は何から生まれたのか。刃物の起源は何だったのか。
―本文より抜粋