まず、ひとつ。
そもそも監督として映画を撮りたいという気持ちがあった。
また、ひとつ。
いくつかの映画に出演しているうちに、自分の中の演出とスタジオ側の演出にジレンマを感じていくようになった。
さらに、ひとつ。
いくつか映画に出演しているうちに業界の奥地に入り込み、ゼロからの映画制作に関わることで次のステップに進もうとした。
映画監督になったからといってすべては自分の采配どおりに進むわけではない。
それは大手スタジオになればなるほど顕著です。
映画制作にはファイナル・カット権と呼ばれるものがあります。撮影した映像を最終的に編集できる権利。
これを持っている監督は本当にごく僅かです。
例えをあげるなら。
ウディ・アレン。フランシス・フォード・コッポラ。マーティン・スコセッシ。ジョエル、イーサン・コーエン。デヴィッド・クローネンバーグ。デヴィッド・リンチ。
自分の映画に出資してプロデューサーも兼任しないとこれを得ることはできません。
ファイナル・カット権がない場合、監督はただただ膨大な映像データを撮影する。
あとはスタジオ側が雇用した編集者に編集させ、満足度を調べる試写を何度も繰り返し、投与した資金を回収する動画と音声の羅列を作るだけです。
ベン・スティラーにも同じことが言えました。
10代の頃から8mm映画を自主制作し、サタデー・ナイト・ライヴでショー・ビジネス界に進出し、『リアリティ・バイツ』(1994)で監督デビューします。
だが、彼にはファイナル・カット権はなかった。
ひょっとしたら、プロデューサーのダニー・デヴィートが彼に特別な計らいをしたかもしれない。
そして、2013年。
ベン・スティラーはひとつの映画を監督、製作する。
1930年代から雑誌『ニューヨーカー』で活躍する、短篇の名手と呼ばれたジェームズ・サーバーによる小説『THE SECRET LIFE OF WALTER MITTY』を原作とした映画『虹を掴む男』(1947)のリメイク作品として、映画『LIFE!』は公開されます。
大筋はほぼ同じ。
出版社で働く地味な男ウォルター・ミティーが妄想の中でヒーローとなることで自分を救っている。
同じ会社の中で密かに好意を寄せる女性シェリル・メルホフの前で活躍する空想を思い描くだけだったが。
シェリル・メルホフとの数少ない会話の中で、ウォルター・ミティはこう言われる。
Life is about courage and going into the unknown.
見た目は冴えないが仕事は確実で、家族に(心から)愛されるほどの良き人間性を持つ男が、人生の分岐点においてこれまでにない大きく飛び跳ねた選択をする。
映画を観た人は ウォルター・ミティー の選択、人生を通していくつかのことを考える(時に深く)。
そして、心が温まる結末を迎える。
こういう映画はバッド・エンドを迎えない。
映画の中ごろにそれと分かるクライマックスがあり、予定調和ともとれるハッピー・エンドで幕を閉じる。
だが、この 映画『LIFE!』には、後半に生きてくるいくつかの伏線があり、謎解き要素を含んだ欠けたネガ・フィルムがある。
そして何より、劇中に流れる音楽がすばらしい。
スウェーデン生まれのシンガー・ソング・ライターのホセ・ゴンザレスの楽曲が、この映画の静かではあるが 土石流のように止まることのないウォルター・ミティーの人生に合致している。
そして、Of Monsters and Men 。
カリフォルニアのオークランド出身のバンドRogue Wave 。